大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館

「国文研 千年の旅」読売新聞多摩版 連載より

2023/9/12

古今和歌集

(こきんわかしゅう)

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「古今和歌集」(初雁文庫、請求番号12-15)の表紙 巻第一、春歌上の巻頭。在原元方の「年のうちに春はきにけり」、紀貫之の「袖ひちてむすびし水の」

 今から25年以上前になるが、この「古今和歌集」(以下、古今集)の写本を閲覧したことがある。国文学研究資料館が立川に移転する前、品川区の戸越にあった頃だ。大学院に入って間もない時期で、古い本の見方を自分なりに勉強しようと思ったのである。研究を進めるにあたっては原資料の調査が欠かせないが、そのための書誌学的な知識も経験も乏しい自覚があった。とは言え、どうしたらよいか。所蔵する古典籍の詳しい解題(本の体裁や成立等の解説)を刊行している機関がある。解題の記述と照らし合わせながら原本を閲覧すれば、実地に勉強できるだろう。
 そこで大学の図書館で「初雁文庫主要書目解題 付初雁文庫目録」(国文研編、1981年)に目をつけ、熟読の末に1、2点を選び、意を決して閲覧申し込みをした。国文研ならば、駆け出しの若輩でも所定の手続きを経れば貴重書を出していただけると愚考したのだった。
 国文研には、西下経一博士(1898~1964年)の旧蔵書の特別コレクション「初雁文庫」がある。西下博士は、「古今集の伝本の研究」ほか平安文学を中心とする数多くの業績があり、とくに古今集研究の礎を築いた泰斗である。「初雁文庫」コレクション約750点のうち、約200点は古今集関係のもので占められる。
 「古今集」は、平安時代の延喜5年(905年)頃に成立した、史上初めての勅撰(ちょくせん)和歌集だ。後世に与えた影響はきわめて大きく、いわば古典のなかの古典と言っていい。現在も数多く伝わる写本の伝来が、「古今集」がいかに重んじられ、広く受容されたかを物語る。
 ここに掲出したのは、藤原定家が貞応2年(1223年)に書写したとの奥書を有し、南北朝時代の歌人頓阿(とんあ)を経て、室町時代の冷泉為和(れいぜいためかず)が相伝したと伝える写本。表紙は「紺地の金襴緞子(きんらんどんす)に花唐草文様」、見返しは美麗な「金泥(きんでい)」の美麗な一冊で、「本文料紙は鳥の子」―というように、「解題」の記述に導かれながら、実際に目の前で見て、手で触れた時の胸躍る思いは忘れがたい。
 先日、立川の閲覧室でこの写本と"再会"した。本を見る目は大して熟達していないかもしれないが、見た本から読み取れる事柄は、あの頃より少しは増えたような気がする。

(教授 岡﨑真紀子)


読売新聞多摩版2023年8月16日掲載記事より

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