大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館

「国文研 千年の旅」読売新聞多摩版 連載より

2024/3/18

定家卿書式 三藐院殿臨書

(ていかきょうしょしき さんみゃくいんどのりんしょ)

1000ikuura12.jpg 「をみなへし」には「を」、「おく山」には「お」を用いており、定家の仮名遣いがわかる

 現在日本テレビ系で放送中のテレビドラマ「厨房(ちゅうぼう)のありす」は、門脇麦が演じる主人公ありすが自閉スペクトラム症の料理人という設定である。ありすは様々なマイルールを持っており、月曜日は赤、火曜日は白、と曜日ごとに何色のコップやご飯茶わんを使うのかにもこだわりがある。同居人を困惑させるが、化学の知識に基づく料理が周囲の人々を変えていく。
 中世の歌学には勅撰和歌集(ちょくせんわかしゅう)の正書法のルールを定めた作法書がある。藤原定家の「下官集(げかんしゅう)」である。和歌の重要な書物「古今和歌集」でさえも成立当初の10世紀は比較的自由に書写されていて、定家が生きた13世紀には、既に写本ごとに本文が異なっていた。これは書写の工程に誤写や本文の揺れを誘発する要因が多くあり、それらが蓄積したものである。定家は誤読を起こさない書写の方法を定めることが、正しく変化しにくい本文をもつ写本を書き写すために必要だと考えた。
 そのため、「を」と「お」、「え」と「へ」と「ゑ」などの仮名について、特定のアクセントや発音に特定の仮名を用いる法則を定めた。和歌を2行書きする際には上の句と下の句という区切りできちんと改行するように勧めた。このほか、父親の藤原俊成(しゅんぜい)は本の見開き左面から書写したが、私は右面から書き始めるという作法や、付箋を付ける際には目的のページが左面にあっても右面に付箋を付けたほうがよいという指定もある。定家自身「誰も私に同意してくれる者はいない」と記すこだわりだが、本書が示した定家仮名遣いは、明治時代に歴史的仮名遣いが規範となるまで用いられ続けた。仮名の正書法がないことによる文字表記の乱れを嫌悪したひとりの意識が、多くの人々が利用するルールとなったのである。
 「下官集」の定家自筆本は残っていないが、定家自筆本を慶長8年(1603年)に「寛永の三筆」の近衛信尹(このえのぶただ)が定家の筆跡を忠実に模写し、江戸後期の板木師の井上慶寿(清風)が陰刻の版本として模刻したものが大東急記念文庫と国文学研究資料館に所蔵される。当館の一帖は「古事類苑(こじるいえん)」を編さんした小杉榲邨(すぎむら)、「橋本文法」を構築した橋本進吉の手を経て伝わった。本作品について詳しくは、浅田徹「下官集の定家―差異と自己―」(「国文学研究資料館紀要」27号、2001年3月)を参照されたい。

(特任助教 幾浦裕之)


読売新聞多摩版2024年2月21日掲載記事より

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