大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館

「国文研 千年の旅」読売新聞多摩版 連載より

2020/8/ 5

『小紋雅話』

(こもんがわ)

 寛政2年(1790年)刊、蔦屋重三郎版、小紋模様の見立絵本。天明4年(1784年)刊『小紋(ざい)』(白鳳堂版)に24図を巻頭に加えた増補版で、『小紋裁』は山東京伝画作見立絵本の嚆矢(こうし)とも言える作品。これが好評で、天明6年(1786年)には同じ趣向の『小紋新法』を後編として刊行し、本書のような増補版も出された。

1000yamashita4.png

 浮世絵師・北尾政演(まさのぶ)としても活躍していた京伝ならではの画文一体の遊びの模様。右端の「本田つる」、日本航空の社章のようなものは本多(わげ)という中剃(なかぞ)りを大きくして髷を高く結って横に曲げた、通人(つうじん)(粋な人)の髪型を真上から見たもの。だから鶴の丸紋ならぬ「通の丸」である。
 次の「角だるま」は「お客の誠と達磨(だるま)の四角があれば、晦日(みそか)に質が出る」との説明付きである。「女郎の誠と玉子の四角」は無いものの(たと)えだが、実はお客にも誠はなく、それは達磨に四角がないのと同じである。質入れをして現金を用意する大晦日に、質受けするのと同じくらいあり得ないとする。遊女評判記の位取りを表す印の後ろに四角い達磨の顔が描かれる。
 「しらみ小紋」は「千手観世音御戸帳(おんとちょう)のきれなり。今は鍋屋源兵衛が家に伝わる」とあり、千手観世音とは手が多いことからしらみの異名。鍋屋源兵衛とは、しらみ(ひも)(おなかに締めるしらみ()け薬入りの布紐)を売っていた店。
 「まいまいともえ」模様には、「一名(別名)まいないつぶれと(いう)て、ひところ殊の外はやりし模様なれども、今は廃れたり」とあり、蝸牛(かたつむり)3匹が巴紋(ともえもん)に描かれる。蝸牛は1名まいまいつぶれ。(まいない)と呼ばれた賄賂が横行した田沼政治は、天明6年に田沼意次の罷免により今は廃れたとする。 
 「哥字(うたじ)づくし」模様には「小野篁(おののたかむら)の装束のきれなり」とある。『小野篁歌字尽(うたじづくし)』は漢字学習のための童蒙書(どうもうしょ)で、「已己~」は「(すで)にかみ、(おのれ)はしもにつきにけり」と歌で漢字を覚える工夫がされている。
 「つらのかは梅」模様には「一名光琳のお多福 〽地甘酒色に染めてよし」とある。光琳デザインの梅に目鼻をつければお多福の顔との意味か。

(副館長 山下則子) 


読売新聞多摩版2020年7月8日掲載記事より

ページトップ