大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館

「国文研 千年の旅」読売新聞多摩版 連載より

2023/2/10

雲図抄

(うんずしょう)

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 天つ風雲の通ひ路吹き閉ぢよ乙女の姿しばしとどめむ(古今集・雑上・八七二)
 「大空の風よ、雲の通路を吹き閉ざしておくれ。天女にまがう乙女たちの姿を、しばらくの間でもここにとどめておきたいから」。『百人一首』で有名な、僧正遍昭(そうじょうへんじょう)の歌である。ただし『古今集』では、彼の俗名である良岑宗貞(よしみねのむねさだ)作と記されている。仁明天皇の側近として活躍していた、在俗時代の歌だからである。五節の舞姫、すなわち大嘗会(だいじょうえ)新嘗会(しんじょうえ)で披露される少女たちの舞を詠んだのである。
 さてこの歌の「雲の通ひ路」は、雲の中の通路と解されることが多いが、具体的なイメージを結びにくい。それ以上に「吹き閉ぢよ」がよくわからない。空の風が雲を吹くなら、「吹き払へ」とか「吹き散らせ」とか、他になじんだ表現があるはずだ。
 そこで『雲図抄』の図を参照してみよう。『雲図抄』は12世紀初頭の儀式書。1年の宮中の行事を図解した書物で、国文学研究資料館にも古写の巻子本が所蔵されている。いうまでもなく「雲」は禁裏の意。
 五節の舞の前日、清涼殿で天皇が練習を見る「寅日夜御前試(とらのひのよのおまえのこころみ)」について、館蔵の『雲図抄』は写真のように図示している。
 その注記の中で、「舞姫参上の後、上戸(かみのと)右青璅門(みぎせいさもん)、堅く以てこれを閉づ」とあることに注目しよう。舞姫が参上した後には、清涼殿殿上の間の出入口となる上戸・右青璅門を閉じ、人の出入りを固く禁じることが記されている。五節の舞を秘儀化するこの「閉じる」印象が、遍昭が「吹き閉づ」を用いた要因の一つになっているのではないだろうか。だとすれば「吹き閉ぢよ」には、天女と見まがう舞姫の、天上世界への帰り道を絶つことに重ねて、彼女たちをこの清涼殿の空間に封じ込めることにつながる。一首は、舞姫の美を独占すべき、王権を賛嘆する歌でもあるのであろう。

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左下の注記部分を拡大

(館長 渡部泰明) 


読売新聞多摩版2023年1月11日掲載記事より

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