大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館

「国文研 千年の旅」読売新聞多摩版 連載より

2023/10/30

西下経一書写「古今和歌集」

(こきんわかしゅう)

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 こういう時は、製作時代が遡る、モノとして古い書物を紹介するほうがよいのかもしれないが、これも尊い「お宝」だと思う。西下経一博士(1898~1964年)が昭和2年(1927年)に書写した「古今和歌集」。
 日本の古典籍は手書きの書籍(写本)で現存するものも多いが、室町時代以前の写本を古写本と呼ぶのに対し、明治時代以後の写本を新写本と呼ぶことがある。先般8月16日掲載の小文で触れた、当館所蔵の西下経一旧蔵書の特別コレクション「初雁文庫」について、ここで改めて記したい。
 西下博士は、旧制第六高等学校・岡山大学・東京教育大学・上智大学の各教授を歴任した国文学者で、とくに「古今和歌集」の伝本研究で知られる。「初雁文庫」の蔵書は古写本を中心とするが、新写本も少なからず含まれる。「写真撮影の容易ではなかった時代の研究者の苦労の程がそのまま残されているのも、本文庫の特色の一つとして挙げることができよう」(『初雁文庫主要書目解題 付初雁文庫目録』)。
 掲出した画像は、西下書写の「古今和歌集」の巻八離別歌の一面。墨書の本文の傍らや上に、朱・青・緑・紫・鉛筆で書入れや丸印がある。これは西下が「東京帝国大学」所蔵本を書写した後、「宮内省の嘉禄本」など複数の写本の本文を比べ、違いを色分けで記したもの。たとえば、見開き左面の「いのちたに心にかなふ物ならは何かわかれのかなしからまし」の右下に、青で「るへき」と書き入れがあり、「からまし」を「かるへき」とする本文もあることを記す。
 このとき書写や書き入れで参照された写本は、昭和3年に発表された西下論文において紹介されている。自分の手で書き写し、本文を比べる営みは、彼の学究の最前線の行為だったのだ。書写の当時、西下29歳。その学識と志の高さには敬服するしかない。
ただ、さまざまな資料が画像公開されるようになった現在は、現在なりの利便性もある。新聞紙面のモノクロの写真では分かりにくいことばかり書き連ねたけれど、紹介した西下新写本も、鮮明なカラー画像が公開されている。ぜひご覧になってみていただきたい(https://doi.org/10.20730/200003217)。

(教授 岡﨑真紀子)


読売新聞多摩版2023年9月6日掲載記事より

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