大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館

「国文研 千年の旅」読売新聞多摩版 連載より

2020/2/ 6

『好色一代男』

(こうしょくいちだいおとこ)

 『好色一代男』は、井原西鶴の小説デビュー作。当世を鋭く切り取った本作は好評で、浮世草子という新しいジャンルを創始した。
 内容は京都の大金持ちと名妓めいぎとの間に生まれた主人公、世之介の一代記。『源氏物語』における光源氏の賢さを示す7歳の読書始めをもじった7歳の折、腰元に声をかけるのが色始め、と早熟な世之介は、諸国を巡り男女と交遊を重ね、その人数も在原業平に倣って「たはぶれし女三千七百四十二人、少人のもてあそび七百二十五人」と具体的に記す。最後は、60歳で友人達と「女護の島」を目指し「好色丸」で船出をする。

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色始めの場面 ※新日本古典籍総合データベースでご覧いただけます

 西鶴が大阪出身のため、上方に多く筆は割かれるが、江戸を賞賛する章もある。巻6の6「匂ひはかづけ物」は、「京の女郎に江戸の張をもたせ大坂の揚屋であはば此上何のあるべし」(京都島原の女郎に江戸吉原の女郎の意気地を持たせ、大阪新町の揚屋<遊郭>でったならばこれ以上のものがあるだろうか)という一文から始まる。
 本章で賞賛されるのは、吉原の女郎、吉田。ある客と相思相愛になるものの、その男は違う女郎を見初める。吉原内で2人の女郎と会うことは御法度ごはっとのため、吉田と別れようとするが、けちの付けようが無く困る。男に世之介も同道した揚屋座敷で、別れる計画を練る折、廊下から放屁ほうひの音が聞こえる。
 吉田の粗相に喜んだ男達が、馬鹿にしてやろうと手ぐすね引いて待ち構えるところに、歩いた床が鳴った態でおもむろに戻る吉田。その様子に気をのまれ何も言えない男達に、吉田は自ら別れを言い渡す。その後、すっかり評判を下げた客に比べ、吉田の人気はますます上がった。
 主人公である世之介を完璧なヒーローとして描かないのが本作の特徴の一つでもあり、本章も、身勝手な男の悪意をかわす女郎の知恵と潔さが格好良い一篇。

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巻6の6「匂ひはかづけ物」 ※新日本古典籍総合データベースでご覧いただけます


 当館所蔵本は、改装し8巻を1冊にまとめた上、天地が裁断されてはいるが、初刷と考えられる美本。現存する『好色一代男』最善本の一つと称される。

(特任准教授 宮本祐規子)  


読売新聞多摩版2020年1月29日掲載記事より

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