大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館

「国文研 千年の旅」読売新聞多摩版 連載より

2020/1/21

『雀の夕顔絵巻貼付屏風』

(すずめのゆうがおえまきはりつけびょうぶ)

 60歳ばかりの善良な老婆が、ある時、腰が折れた雀を見つけて介抱する。歩けるようになった雀を空に放つと、後日、雀はお礼に夕顔の種を一つ落としていった。育てると立派な実がなり、美味である。おまけに、乾燥させた実の中からたくさんの白米がでてきたのであった。
 うわさは隣の里にも知れ渡る。それを聞いた隣の欲深な老婆は、真似まねをしようと、わざと石を打ち当てて雀の腰を折り、介抱した。雀は同じように夕顔の種を落としていったので、育て、実らせた。しかし、その実を食べた者は腹を下し、中からあふれ出た毛虫や蛇によって、欲深な老婆はおろか、その家の子ども達も刺し殺されてしまったという。
 「されば、物うらやみはすまじきことなり」。『宇治拾遺物語』(13世紀前期成立)の第48話「雀報恩の事」は、このような文句で他人への妬みを戒める物語だ。国文学研究資料館(立川市)が所蔵する『雀の夕顔絵巻貼付屏風』八曲一隻は、この「雀報恩の事」を描いた絵巻が解体され、貼り付けられた屏風である。
 近年、慶應義塾大学教授の石川透氏より寄託された。一部の本文は欠けているが、幸い絵の部分はほとんど残されている。実からこぼれ落ちる白米に歓喜する人々、毛虫に驚き逃げ惑う人々の姿が活写される。一つ一つの挿絵が長大な画面に描きだされ、詞書ことばがき(本文が書かれている部分)の料紙には銀泥で草木の下絵がちりばめられている。元は美しい絵巻としてでられていたのであろう。

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欲深な老婆が育てた夕顔の実の中から、アブ、蜂、ムカデ、トカゲ、蛇があふれ出る

 

 さて雀の恩返しといえば、おじいさんに大小の葛籠つづらを選ばせる「舌切り雀」を思い出す方も多いだろうが、本話は、それとは異なる昔話「腰折れ雀」として日本各地に伝えられてきた。近年の研究によれば、同じ話がアジア一帯に残されているという。韓国の昔話「フンブとノルブ」は兄と弟が主人公で、実を割ると、中から金銀財宝や大工が出てきて家を建てる。教科書にも掲載され、なじみのある話であったようだ。
 「物うらやみ」は卑しき行為ではあるが、欲深な老婆にはそうせざるを得ないわけがあった。娘に言われてしまったのだ。隣のばあさんに比べて母さんときたら、「はかばかしき事もえしたまはぬ(たいしたこともできないじゃないの)」。娘に疎まれ、家族の役に立とうとした老婆の顛末てんまつは先の通りである。昔話は滑稽だが、ときに切ない人間模様を私たちにのぞかせる。

(特任助教・人文知コミュニケーター 粂汐里)  


読売新聞多摩版2020年1月8日掲載記事より

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