大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館

「国文研 千年の旅」読売新聞多摩版 連載より

2021/5/26

『諸国百物語』

(しょこくひゃくものがたり)

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 2006年の映画『パンズ・ラビリンス』は、世界各国で数々の賞を獲得した。称賛の理由の一つはその美術であり、主人公の少女を追いかけて()らおうとした魔物「ペイルマン」の造形も評価が高い。
 ところで、江戸時代前期の延宝5年(1677年)に刊行された怪談集『諸国百物語』の挿絵に、先述の「ペイルマン」とよく似た化物を見いだせることが指摘されている。(くだん)の挿絵が備わる巻之3第6話「ばけ物に骨をぬかれし人の事」によれば、京の七条河原の墓所に、化物がいるとの言い伝えがあった。そこへある男が訪れると、(よわい)は80歳ほどの白髪を生やした老人でありながら、身長が2・4メートルほど、「まなこは手のうちにひとつ」という異形の化物に追いかけられた。
 男は近くの寺へ助けを求め、寺の僧は彼を長持(ながもち)に隠したが、化物も寺に侵入し、長持の(そば)で犬が骨を(かじ)るような音と(うめ)き声が聞こえた。僧は(おび)えて身を伏せていたが、化物が去ったと思われたため長持の蓋を開けたところ、男は「骨をぬかれ。皮ばかりに」なっていたという。
 『諸国百物語』は全5巻で構成され、各巻に短編が20話ずつ収められており、通覧すると書名の(ごと)く百物語を読むことになる。怪談集で書名に「百物語」と掲げたのは、同書が嚆矢(こうし)とされる。同書の序文には成立の背景として、百物語の怪談会の内容が書き留められたものとあり、以降もこの形式を踏襲した怪談集が多数刊行された。ただし、それらは「百物語」の語を含む書名と反して、実際の話数は100に満たない。以上のことから『諸国百物語』は、百物語の怪談会の場に仮託してまとめられた怪談集の源流、そして文字通り百物語が収められた数少ない作品という点に、大きな意義が認められている。
 『諸国百物語』の伝本は希少であり、かつては東京国立博物館所蔵本と太宰府天満宮所蔵本が知られるのみであった。その後新たに確認されたのが、現在国文研の鵜飼文庫に所蔵されている一本である。  

(プロジェクト研究員 工藤隆彰) 


読売新聞多摩版2021年3月17日掲載記事より

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