東海道五十三駅 鉢山図絵
(とうかいどうごじゅうさんつぎ はちやまずえ)
浮世絵『東海道五十三次』に描かれた風景を立体的に表現してみるとどうなるだろうか。現代では、既に製品化されているようにフィギュアなどで再現が可能であるが、実は江戸時代に、盆栽に近い造り物でそれを試みた趣味人がいた。
木村唐船(伝記不詳)という唐物や愛石趣味を有する大坂の知識人が、浮世絵『東海道五十三次』をはじめとする名所絵をもとに、器の上に石や土、植物などを盛って、五十三次の宿駅と大内(京都御所)の景色を縮小して作った立体造形物は「鉢山」という。それを江戸後期・幕末頃に活動していた浮世絵師の歌川芳重が絵画化し、嘉永元年(1848年)に多色摺の絵本として刊行されたのが『東海道五十三駅 鉢山図絵』である。本書には鉢山を描いた挿絵とともに、石の使い方や苔の付け方、植物や砂の選び方、景色の作り方などその制作方法に関する心得も掲載されている。今回掲載した図版は蓬雲斎田一鶴による序と巻頭の一枚。江戸を象徴する日本橋のみならず、保永堂版浮世絵『東海道五十三次』に描かれていない富士山と江戸城も鉢の中に配されている。
そもそも自然を縮景して楽しむことは、盆栽など中国の園芸文化に起源を持つ。『鉢山図絵』が参照した『占景盤図式』は、大坂の絵師墨江武禅(1734~1806年)が作った「占景盤」という盆景のようなものを集めた絵本であるが、中国風の景色を模し、特定の場所を示すものではない点で五十三次の地に息づく景色と歴史を可視化した本書と異なる。この両書の詳細は井田太郎「『やつし』と『縮景』」(『図説江戸の「表現」―浮世絵・文字・芸能―』第八章、八木書店、2014年)と、新井ゆい「木村唐船作、歌川芳重画『東海道五十三駅鉢山図絵』研究―上方の広重需要と唐物趣味―」(『日本近世美術研究』第2号、2019年)を参照されたい。
この楽しい書物は、当館が推進している事業「ないじぇる芸術共創ラボ」に参加しているクリエーターの創作活動に大いにインスピレーションを与えた。漆芸家の染谷聡氏は、持ち運べない景色をパーソナルなものに変換して飾る趣向を本書に見出し、実際に五十三次の地をいくつか巡り、落ちていたコンクリート片や石、木の枝を風景の欠片として見立て、五十三次の景色をコラージュして縮景した新しい作品シリーズ《みしき|53》を展開した。古典籍との出合いはこのように、時には思いもかけない贈り物をもたらしてくれるのである。ぜひ当館の国書データベースで本書を含む古典籍の宝庫を覗いてみてください。
(特任助教 黄昱)
読売新聞多摩版2023年3月15日掲載記事より