江戸鳥瞰図(江戸名所之絵)
(えどちょうかんず)
手前に豊かな水をたたえる隅田川(大川)、奥には見晴るかす富士の嶺――。お江戸を一望できるこの絵は、縦40センチ、横55センチ大の堂々たる鳥瞰図。富士山の手前には江戸城、向かって右手の方には不忍池、画面中央を横切り、大川に注いでいるのが神田川。江戸という都市を東側から西方に見下ろした構図となっている。
四隅を巡りながら本図に描かれている範囲を確認してみることにしよう。左下部には行徳街道、右下部には白髭明神が、右上部には王子稲荷とその奥に秩父山、左上部に品川がそれぞれ描かれ、まさに大江戸(御府内)がすっぽりと収まる。残念ながら多摩地域は見えないが、この図を現在に重ねると、ちょうど画面前方にスカイツリーがそびえ立つこととなる。
スカイツリーといえば、上ったことのある方はこれと似た屏風を目にしたご記憶はないだろうか(複製『江戸一目図屏風』、現在は展示終了)。それもそのはず、ともに鍬形蕙斎(北尾政美、1764~1821)の手によるもの。蕙斎はもともと江戸の町絵師で、寛政6年(1794年)に津山藩のお抱えとなった。
天明5年(1785年)刊の横に長く展開する「江都名所図会」や、近年人気が高まっている「略画式」シリーズなど、本連載でもすでに複数の作品が紹介されており、その画業は実に幅広い。ところで先の屏風は文化6年(1809年)、肉筆(手描き)によるものだが、この江戸鳥瞰図は享和3年(1803年)の刊行。これが印刷物であることに気付かれただろうか。
正確な地図とは異なり、鳥瞰図らしく多少のゆがみのある空間が魅力的である。独特の色合いと描き込みの細かさとが相まって、江戸の地がいかに緑と水にあふれ、整然とした町並みを有していたかが手に取るように分かる。そしてそこに行き交う人や舟から、都市にみなぎる活気を肌で感じることができる。
紙面では細部まで見ることが叶わないので、ぜひ国文学研究資料館の「 国書データベース」にて、自由自在に拡大できるカラー精細画像をご覧いただきたい。
(教授 木越俊介)
読売新聞多摩版2023年10月4日掲載記事より