『百千鳥狂歌合』
(ももちどりきょうかあわせ)
「狂歌」というのは和歌のパロディー。和歌が優美を旨とするのに対して、狂歌は滑稽や諧謔を自在に詠み込む。それは用語(詞)に現れたり、着想や情趣(心)に籠められたりするが、総じて早期は温雅な詠みぶりであり、時代が下るにつれて卑俗・風刺の度合いが増してゆく。中世以前は言い捨てられたが、江戸期に入る頃から書き留められ、ほどなくして出版されるようになった。
17世紀は上方が中心、やがて18世紀後半の天明年間(1781~89年)には、四方赤良(大田南畝)を中心として江戸の地で大流行し、「江戸狂歌」は黄金時代を迎える。
時の戯作者や役者は皆こぞってこれに打ち興じ、「絵入り狂歌本」(狂歌本に絵が入ったもの)が隆盛を極める中で、ついに豪華な多色摺り「狂歌絵本」(絵を主体とした狂歌本)が登場する。
特に高名なのは、喜多川歌麿の狂歌絵本3部作―『画本虫撰』(1788年刊)、『潮干のつと』(1789年刊か)、『百千鳥狂歌合』(1790年刊か)―である。この「虫・貝・鳥」の3書は、すべて稀代のプロデューサー蔦屋重三郎による刊行であり、歌麿を抜擢した蔦屋の慧眼が改めて思われる。
さて、今ここに紹介するのは、国文学研究資料館新収の『百千鳥狂歌合』不分巻二帖。30人の狂歌師たちが鳥を題として狂歌を詠んだ15番の狂歌合である。赤松金鶏の撰。早印にして保存状態抜群の極上本だ。
図版として掲出したのは木菟と鷽。いま適宜漢字を宛てて翻字しよう。
◯鳥とともに泣きつ笑ひつ口説く身をそれぞと聞かぬ君がみみづく(市仲住)
◯うそと呼ぶ鳥さへ夜は寝るものを止まり木のなき君のそらごと(笹葉鈴成)
それぞれの狂歌も微笑ましいが、やはり本書の眼目は絵にある。山雀、鶯、鶉、木菟をはじめとする都合30種の鳥が、空摺りやきめ出しなどの精緻な技巧を駆使した多色摺りによって描かれており、繊細な色彩も羽毛の質感も意のままに示される。装訂には糸を使わぬ「画帖仕立て」が採られ、見開きいっぱいに絵を鑑賞することができるのも素晴らしい。観る者は、かれこれ卓越した歌麿の画技に衝撃を受け、豊かに表現される鳥たちの姿態に思わず息を呑むことだろう。
読者諸賢には、国文研ホームページと読売新聞オンラインに再掲される本記事で、カラー図版をたっぷりと堪能して欲しい。17日アップ予定。
5月13日から8月31日まで、国文研(立川市)の展示室で「開館50周年記念展示 こくぶんけん〈推し〉の一冊」が開催され、同じ歌麿画の『画本虫撰』(貴重書)が出品される。ぜひご覧いただき、ホンモノの迫力を肌で感じてほしい。
(教授・副館長 神作研一)
読売新聞多摩版2022年3月16日掲載記事より