大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館

「国文研 千年の旅」読売新聞多摩版 連載より

2022/3/17

『百千鳥狂歌合』

(ももちどりきょうかあわせ)

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 「狂歌(きょうか)」というのは和歌のパロディー。和歌が優美を旨とするのに対して、狂歌は滑稽や諧謔(かいぎゃく)を自在に詠み込む。それは用語(詞)に現れたり、着想や情趣(心)に()められたりするが、総じて早期は温雅な詠みぶりであり、時代が下るにつれて卑俗・風刺の度合いが増してゆく。中世以前は言い捨てられたが、江戸期に入る頃から書き留められ、ほどなくして出版されるようになった。
 17世紀は上方が中心、やがて18世紀後半の天明年間(1781~89年)には、四方赤良(よものあから)大田南畝(おおたなんぽ))を中心として江戸の地で大流行し、「江戸狂歌」は黄金時代を迎える。
 時の戯作者(げさくしゃ)や役者は皆こぞってこれに打ち興じ、「絵入り狂歌本」(狂歌本に絵が入ったもの)が隆盛を極める中で、ついに豪華な多色()り「狂歌絵本」(絵を主体とした狂歌本)が登場する。
 特に高名なのは、喜多川歌麿(きたがわうたまろ)の狂歌絵本3部作―『画本虫撰(えほんむしえらみ)』(1788年刊)、『潮干(しおひ)のつと』(1789年刊か)、『百千鳥狂歌合(ももちどりきょうかあわせ)』(1790年刊か)―である。この「虫・貝・鳥」の3書は、すべて稀代(きだい)のプロデューサー蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)による刊行であり、歌麿を抜擢(ばってき)した蔦屋の慧眼(けいがん)が改めて思われる。
 さて、今ここに紹介するのは、国文学研究資料館新収の『百千鳥狂歌合』不分巻(ふぶんかん)(じょう)。30人の狂歌師たちが鳥を題として狂歌を詠んだ15番の狂歌合(きょうかあわせ)である。赤松金鶏(あかまつきんけい)(せん)。早印にして保存状態抜群の極上本だ。
 図版として掲出したのは木菟(みみずく)(うそ)。いま適宜漢字を宛てて翻字しよう。
  ◯鳥とともに泣きつ笑ひつ口説く身をそれぞと聞かぬ君がみみづく(市仲住(いちのなかずみ)
  ◯うそと呼ぶ鳥さへ夜は()るものを止まり木のなき君のそらごと(笹葉鈴成(ささばのすずなり)
 それぞれの狂歌も微笑(ほほえ)ましいが、やはり本書の眼目は絵にある。山雀(やまがら)(うぐいす)(うずら)、木菟をはじめとする都合30種の鳥が、空摺(からず)りやきめ出しなどの精緻(せいち)な技巧を駆使した多色摺りによって描かれており、繊細な色彩も羽毛の質感も意のままに示される。装訂(そうてい)には糸を使わぬ「画帖仕立(がじょうじた)て」が採られ、見開きいっぱいに絵を鑑賞することができるのも素晴らしい。()る者は、かれこれ卓越した歌麿の画技(がぎ)に衝撃を受け、豊かに表現される鳥たちの姿態(したい)に思わず息を()むことだろう。
 読者諸賢には、国文研ホームページと読売新聞オンラインに再掲される本記事で、カラー図版をたっぷりと堪能して欲しい。17日アップ予定。

 5月13日から8月31日まで、国文研(立川市)の展示室で「開館50周年記念展示 こくぶんけん〈推し〉の一冊」が開催され、同じ歌麿画の『画本虫撰』(貴重書)が出品される。ぜひご覧いただき、ホンモノの迫力を肌で感じてほしい。

(教授・副館長 神作研一)


読売新聞多摩版2022年3月16日掲載記事より

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