『花鳥版画(椿に白頭図)』
(かちょうはんが つばきにしろがしらず)
2000年に京都国立博物館で開催された「没後200年」展で一気にブレイクした伊藤若冲(1716~1800年)の人気は、いよいよウナギのぼり。 その後の若冲展は、いつも大勢の観客でごった返している。
若冲は京の商家(青物問屋)に生まれたが、中年で家業を弟に譲り、以後画業に専念してさまざまな挑戦的作品を遺した。 迫力ある白象が印象的な「樹花鳥獣図屏風」(静岡県立美術館蔵)や、生前に相国寺に寄進した「動植綵絵」30幅(宮内庁三の丸尚藏館蔵。2021年に国宝に指定)など、豪華絢爛たるその色遣いに圧倒された読者も多いことだろう。 ちょうど絵暦で多色摺り版画が出現したのもこの頃であり(1765年)、時代はまさに彩色(フルカラー)に包まれていた。
そんなさなかに、若冲があえて挑戦したのがモノクロームの版画「拓版画」である。今に「拓本」と呼ばれている版式がそれで、 版木を凹字の正面彫りにして、そこに水で濡らした紙を密着させて墨を打ち、拓本をとるのと同じ要領で作る。 相国寺の禅僧大典顕常との淀川下りを叙した『乗興舟』(1767年刊、巻子本1軸。ハーバード大学美術館蔵ほか)や、 画譜3部作の『玄圃瑤華』『素絢石冊』『賞春芳帖』が高名であり、 いずれも黒色(モノクローム)表現の極致を具現した優品である。
さて、今ここに掲出したのは、国文学研究資料館近収の若冲「花鳥版画」(椿に白頭図)1枚(1771年頃刊。2010年に千葉市美術館ほかで開催された「伊藤若冲―アナザーワールド―」展に出品されたもの)。 現在6種のみが知られている「花鳥版画」のうちの一種である。(拓版画ではないが)拓版画を強く意識させる黒を背景としつつ、多色摺りによる鮮やかな色彩表現が際立っており、 観る者をどこまでも惹き込む魔力すら湛えている逸品だ。 読者諸賢には、国文研ホームページと読売新聞オンラインに再掲される本記事で、カラー図版をたっぷりと堪能して欲しい。20日アップ予定。
(副館長 神作研一)
読売新聞多摩版2022年1月19日掲載記事より