大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館

「国文研 千年の旅」読売新聞多摩版 連載より

2022/1/20

『花鳥版画(椿に白頭図)』

(かちょうはんが つばきにしろがしらず)

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 2000年に京都国立博物館で開催された「没後200年」展で一気にブレイクした伊藤若冲(1716~1800年)の人気は、いよいよウナギのぼり。 その後の若冲展は、いつも大勢の観客でごった返している。
 若冲は京の商家(青物問屋)に生まれたが、中年で家業を弟に譲り、以後画業に専念してさまざまな挑戦的作品を(のこ)した。 迫力ある白象が印象的な「樹花鳥獣図屏風(びょうぶ)」(静岡県立美術館蔵)や、生前に相国寺(しょうこくじ)に寄進した「動植綵絵(どうしょくさいえ)」30幅(宮内庁三の丸尚藏館蔵。2021年に国宝に指定)など、豪華絢爛(けんらん)たるその色遣いに圧倒された読者も多いことだろう。 ちょうど絵暦(えごよみ)多色摺(たしょくず)り版画が出現したのもこの頃であり(1765年)、時代はまさに彩色(フルカラー)に包まれていた。
 そんなさなかに、若冲があえて挑戦したのがモノクロームの版画「拓版画(たくはんが)」である。今に「拓本(たくほん)」と呼ばれている版式(はんしき)がそれで、 版木(はんぎ)を凹字の正面彫(しょうめんぼ)りにして、そこに水で()らした紙を密着させて墨を打ち、拓本をとるのと同じ要領で作る。 相国寺の禅僧大典顕常(だいてんけんじょう)との淀川下りを叙した『乗興舟(じょうきょうしゅう)』(1767年刊、巻子本1軸。ハーバード大学美術館蔵ほか)や、 画譜3部作の『玄圃瑤華(げんぽようか)』『素絢石冊(そけんせきさつ)』『賞春芳帖(しょうしゅんほうじょう)』が高名であり、 いずれも黒色(モノクローム)表現の極致を具現した優品である。
 さて、今ここに掲出したのは、国文学研究資料館近収の若冲「花鳥版画(かちょうはんが)」(椿(つばき)白頭図(しろがしらず))1枚(1771年頃刊。2010年に千葉市美術館ほかで開催された「伊藤若冲―アナザーワールド―」展に出品されたもの)。 現在6種のみが知られている「花鳥版画」のうちの一種である。(拓版画ではないが)拓版画を強く意識させる黒を背景としつつ、多色摺りによる鮮やかな色彩表現が際立っており、 ()る者をどこまでも()き込む魔力すら(たた)えている逸品だ。  読者諸賢には、国文研ホームページと読売新聞オンラインに再掲される本記事で、カラー図版をたっぷりと堪能して欲しい。20日アップ予定。

(副館長 神作研一) 


読売新聞多摩版2022年1月19日掲載記事より

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