『絵本鎧歌仙』
(えほんよろいかせん)
短いのに奥深さがあり、素朴なのに強く魂が揺さぶられる。何より絵が印象的だ。『おおきなかぶ』や『ぐりとぐら』、『はらぺこあおむし』など、かつて子どもたちと一緒に読んだ絵本の数々は、あの頃の懐かしい記憶と時間を呼び覚ましてくれる。
さて、「絵本」というのは、現代日本語ではまさにそのような児童向けの本を指すが、文化史および書誌学史上の学術用語としては、特に江戸期に刊行された墨印や多色摺りの古典籍を指し示す言葉として使用される。絵のみもしくは絵を主体としたものを「絵本」、文を主体としてそれに絵が添えられているものを「絵入本」という。文学としては本文の読解が最も重要だが、伊勢も源氏も徒然も、絵が入ることによっていっそう多くの読者を獲得してきたのである。18世紀も半ばを過ぎれば、勝間龍水の絵俳書『海の幸』(1762年刊)『山の幸』(1765年刊)や、勝川春章の和歌絵本『錦百人一首あづま織』(1775年刊)、はたまたかの喜多川歌麿の狂歌絵本『画本虫撰』(1788年刊)など、多領域にわたって実にさまざまな、豪華な多色摺り絵本が刊行された。
今ここに取り上げる『絵本鎧歌仙』は、そうした多色摺り絵本が出始めるほんの少し前に、上方の浮世絵師長谷川光信(生没年未詳)によってものされた墨印の武者絵本である。所収される武将は平清盛や木曾義仲、足利尊氏、武田信玄ら30人(「歌仙」とうたうからには、欠巻の巻1を入れれば総勢で36人に及ぶと思しい)。いわば往年の武者のベストアルバムだ。刊年の記載はないが、宝暦頃(1751~64年)の刊行か。大坂の糸屋市兵衛版。今のところ国文研所蔵松野陽一文庫蔵本が唯一の伝本である(存巻2~6)。縦11・2×横8・1センチの特小本。その素朴な絵と相まって、いかにもかわいらしい。
ちなみに松野陽一文庫は、松野元館長より寄贈された古典籍からなる(全485点)。先生の専攻を反映して特に歌書の蔵儲に富むが、絵本が多いことも注目される。詳細は海野圭介・小川剛生・落合博志・神作研一編「国文学研究資料館所蔵松野陽一文庫分類目録」(浅田徹ほか編『和歌史の中世から近世へ』所収、花鳥社、2020年)を参照されたい。
(副館長 神作研一)
読売新聞多摩版2021年2月3日掲載記事より