大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館

「国文研 千年の旅」読売新聞多摩版 連載より

2019/11/15

『錦百人一首あづま織』

(にしきひゃくにんいっしゅあずまおり)

 折しも京都国立博物館で、特別展「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」が始まった(2019年11月24日まで)。今からちょうど100年前の大正8年(1919年)に一歌仙ずつ分割して売り立てられた佐竹本三十六歌仙絵が、「31件」という史上最大規模で集結している。
 当時余りに高額過ぎて二巻丸ごとの売り立てがままならず、「分割」の憂き目に遭った優品が時を超えて帰ってきたのである。このチャンスを逃したら、次なる機会は100年後かもしれない。いざ、 錦繍きんしゅうの京都へ―。

 さて、わたくしども国文学研究資料館の企画展示「本のかたち 本のこころ」(2019年12月14日まで)でも、江戸時代の歌仙絵入り刊本が3点出されている。このうち『錦百人一首あづま織』(1775年刊)は勝川春章かつかわしゅんしょうによる多色摺たしょくずりの和歌絵本で、まま立ち姿の歌仙絵を含む点が注目される。歌仙絵は本来着座が正統であり立ち姿などあり得ないものだが、浮世絵師春章は意図的にこれをズラし、〈異端〉を表現することで躍動感と妖艶ようえん性をもたらすことに成功した。
 その〈異端〉の淵源えんげんには、北尾雪坑斎せっこうさい画の『立絵たちえ百人一首』(1757年頃刊)が認められるが、ともあれ江戸中期の絵師たちは、伝統的な〈知〉を踏まえてさまざまの〈遊び〉を試みた。江戸の遊び(俗)の基盤には常に教養()があり、その両者を往還しながら、わたくしたちもまた、江戸びとが有していた懐の広さ、深さを味わいたい。
 なお、『錦百人一首あづま織』には和歌本文の書体をたがえる2種の版が知られる。あるいは同版であっても色調を著しく異にするものもあり、かれこれ諸本を「くらべて考える」のも、また、まことに楽しい。

1000kansaku4.png

『錦百人一首あづま織』原刊初印本(左)【個人蔵】と流布本(右)【国文研蔵】
国文研所蔵本は新日本古典籍データベースで全文閲覧可能です。



(教授・研究主幹 神作かんさく研一)

★企画展示「本のかたち 本のこころ」会期は2019年12月14日まで。休室日は日曜・祝日。10時から16時30分(入室は16時まで)。詳細はこちら


読売新聞多摩版2019年10月30日掲載記事より

ページトップ