『錦百人一首あづま織』
(にしきひゃくにんいっしゅあずまおり)
折しも京都国立博物館で、特別展「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」が始まった(2019年11月24日まで)。今からちょうど100年前の大正8年(1919年)に一歌仙ずつ分割して売り立てられた佐竹本三十六歌仙絵が、「31件」という史上最大規模で集結している。
当時余りに高額過ぎて二巻丸ごとの売り立てがままならず、「分割」の憂き目に遭った優品が時を超えて帰ってきたのである。このチャンスを逃したら、次なる機会は100年後かもしれない。いざ、 錦繍の京都へ―。
さて、わたくしども国文学研究資料館の企画展示「本のかたち 本のこころ」(2019年12月14日まで)でも、江戸時代の歌仙絵入り刊本が3点出されている。このうち『錦百人一首あづま織』(1775年刊)は勝川春章による多色摺りの和歌絵本で、まま立ち姿の歌仙絵を含む点が注目される。歌仙絵は本来着座が正統であり立ち姿などあり得ないものだが、浮世絵師春章は意図的にこれをズラし、〈異端〉を表現することで躍動感と妖艶性をもたらすことに成功した。
その〈異端〉の淵源には、北尾雪坑斎画の『立絵百人一首』(1757年頃刊)が認められるが、ともあれ江戸中期の絵師たちは、伝統的な〈知〉を踏まえてさまざまの〈遊び〉を試みた。江戸の遊び(俗)の基盤には常に教養(雅)があり、その両者を往還しながら、わたくしたちもまた、江戸びとが有していた懐の広さ、深さを味わいたい。
なお、『錦百人一首あづま織』には和歌本文の書体を違える2種の版が知られる。あるいは同版であっても色調を著しく異にするものもあり、かれこれ諸本を「くらべて考える」のも、また、まことに楽しい。
『錦百人一首あづま織』原刊初印本(左)【個人蔵】と流布本(右)【国文研蔵】
国文研所蔵本は新日本古典籍データベースで全文閲覧可能です。
(教授・研究主幹 神作研一)
★企画展示「本のかたち 本のこころ」会期は2019年12月14日まで。休室日は日曜・祝日。10時から16時30分(入室は16時まで)。詳細はこちら。
読売新聞多摩版2019年10月30日掲載記事より