大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館

「国文研 千年の旅」読売新聞多摩版 連載より

2023/6/22

狂歌百人一首

(きょうかひゃくにんいっしゅ)

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 「狂歌(きょうか)」というのは和歌のパロディー。和歌が優美を(むね)とするのに対して、狂歌は滑稽や諧謔(かいぎゃく)を自在に詠み込む――との書き出しで、かの歌麿(うたまろ)の多色()り狂歌絵本『百千鳥狂歌合(ももちどりきようかあわせ)』を紹介したのは、2022年3月16日付の本連載であった。
 今回は狂歌絵本ではなく、狂歌そのものの話。それも、狂歌が隆盛を極めた18世紀後半に「江戸狂歌」を牽引した四方赤良(よものあから)こと大田南畝(なんぽ)(1749~1823年)にちなんだ書物を紹介する。
 南畝は狂詩(きようし)・狂歌を(もっ)て知られ、その卓越した機知(きち)洒落(しゃれ)が注目されがちだが、寛政の改革を機に戯作(げさく)から身を退()き、幕府の能吏(のうり)として、後半生(こうはんせい)は漢詩・紀行・随筆類に傾斜した。厖大な量の書物を書写し収集した文人(ぶんじん)南畝の豊かな達成の解明は、南畝研究の要諦(ようてい)である。
 さて、ここに紹介するのは、国文学研究資料館所蔵の『狂歌百人一首』(1843年刊)。原題簽(げんだいせん)角書(つのがき)に「蜀山先生」、さらに見返しに「蜀山人」と(うた)われるものの(蜀山人(しょくさんじん)は南畝の別号)、本書は浪華(なにわ)蘆間蟹彦(あしまかにひこ)の編集にかかり、所収される作品の大半は南畝作とは見なし難いというのが定見だ(岩波書店版『大田南畝全集』第一巻、浜田義一郎「解説」)。
 巻頭の三首を引いてみよう。
 ○秋の田のかりほの(いほ)の歌がるたとりぞこなって雪は降つつ
 ○いかほどの洗濯なればかぐ山で(ころも)ほすてふ持統天皇
 ○あし(びき)山鳥(やまどり)のおのしたりがほ人丸ばかり歌よみでなし
 『百人一首』が庶民共有の教養になったればこその笑い(パロディー)であり、南畝の遺響(いきょう)にあやかった出版物として興味深い。
 ちなみに、今年は南畝没後200年に当たる。それを記念した特別展「大田南畝の世界」が今、たばこと塩の博物館(墨田区)で開催されている(6月25日まで。月曜休館)。南畝を自在に追跡する極上の展示会であり、展示図録も秀逸。皆さんもこぞって展観に出掛けられたい。

(教授・副館長 神作研一)


読売新聞多摩版2023年5月17日掲載記事より

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