大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館

「国文研 千年の旅」読売新聞多摩版 連載より

2022/12/ 9

七十一番職人歌合

(しちじゅういちばんしょくにんうたあわせ)

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 2003年刊行の村上龍『13歳のハローワーク』はベストセラーとなった。全部で514種の職業を百科全書的に紹介したもので、はまのゆかの挿絵も魅力的である。子どもは自分の親や周囲の大人、漫画やネットを通して見聞きした職業しか知らない。本書は多様な職種があり、様々な技術が社会を支えていることを伝えようとするガイドなのである。
 中世にも様々な職業があり、飛鳥井雅康(あすかいまさやす)たちも関心を寄せていた。もし各職業人たちが和歌を詠むとしたらどのように詠むだろうかと想像し、異なる職業をペアにして歌合の形式に(つが)えた『職人歌合』が創作された。これ以前にも『東北院職人歌合』、『鶴岡放生会職人歌合』、明応3年(1494年)成立の『三十二番職人歌合』などがあった。応仁の乱の後、明応9年(1500年)に142種の職業をペアにした『七十一番職人歌合』が成立した。職人たちが「月」と「恋」とを題に詠んだ(と想像した)和歌と、働く人々の絵、仕事に励む話し言葉や、セールストークを記した画中詞が、絵の脇に添えられている。絵は『百人一首』絵にも影響を与えた『三十六歌仙』絵を模して座った姿が多い。
 室町時代の成立当初の原本は現存せず、前田育徳会尊経閣文庫(そんけいかくぶんこ)蔵本、東京国立博物館蔵本など多くの写本と版本がある。国文学研究資料館も残欠本ではあるが、この絵巻の一軸を所蔵する。二十四番から四十六番までを収め、これは三巻本の中巻に相当する。ただし絵の部分のみあって、配列も途中から乱れており、歌合の部分もない。絵入り本にしばしばあることだが、絵が貴重だと思った何者かが絵の部分のみを切り出して、巻子本に仕立てたようである。
 白色の顔料の胡粉(ごふん)も鮮やかに残り、職人たちは今にも動き出しそうである。表情もゆたかで、見ていると皆どこかで会ったような顔をしている。兼好法師は、昔物語を聞くと、「人も、今見る人の中に思ひよそへらるるは、誰もかく覚ゆるにや。」と、今生きている人の顔にあてはめて、過去の人々が思い浮かぶ、と『徒然草』に書いている。ここに描かれているのは、室町時代にいたら、街のどこかですれ違っていたかもしれない人々なのである。本作品について詳しくは『前田育徳会尊経閣文庫所蔵 七十一番職人歌合』(勉誠出版、2014年)を参照されたい。

(特任助教 幾浦裕之)

読売新聞多摩版2022年10月19日掲載記事より

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