中村芳中『光琳画譜』
(こうりんがふ)
昭和レトロブームが再来し、花柄のプリントグラスやカセットテープが注目を集めている。1980年代にも、大正末期から昭和前期を回顧するレトロブームが存在した。当時、ビデオテープが普及し始め、誰もが過去を映像で懐かしむことができるようになったのである。最新の複製メディアによって、誰もが映像を所有できるようになり、いわば誰もが「過去」を鮮やかに所有することが可能になったのだといえる。
近世には絵画が版本によって広く普及したが、中には刷りの技法を駆使して絵画の複製技術をぎりぎりまで推し進めた実験的な作品がある。国文学研究資料館も所蔵する『光琳画譜』(1802年刊)はそのひとつ。尾形光琳(1658~1716年)の画風を慕って画師の中村芳中(?~1819年)が亀、鶴、六歌仙、梅花などなど、人物や鳥獣、草花をおおらかに描いた画譜である。本作中の丸い子犬が「芳中犬ポーチ」となって株式会社フェリシモから販売されて有名になっている。
芳中は京都の生まれで、大阪で活動した。生年も不詳であるが、池大雅や木村蒹葭堂など画家や文人たちと交流し、江戸琳派の祖の酒井抱一がいた江戸に赴き、『光琳画譜』を刊行した。芳中は「たらし込み」という、水墨や絵の具が乾かないうちに異なる濃度や色を加える技法を得意とした。その色合いを再現するべく、本作では拭きぼかしという方法を用いている。色摺りと合羽摺りを併用するもので、絵の具が乾くまでに作業する高度な技術を要する。『光琳画譜』は摺工の名前も「搨工 擔板漢」と記載されているが、これは芳中自身の号とされる。自ら絵筆をとり印刷にも携わる、現代で言えばメディアアーティストのような人であった。本作品について詳しくは鈴木淳「『光琳画譜』考」(『浮世絵芸術』145号、2003年)を参照されたい。
現在、古典籍の画像公開が進み、東京芸術大学付属図書館や国立国会図書館など、様々な所蔵機関で『光琳画譜』がカラーで見られるようになっている。国文研所蔵の『光琳画譜』は、新日本古典籍総合データベースで公開中である。新しいメディアが登場するとき、私たちの古典に対する向き合い方が大きく変わる。かつて存在した職人の技術が再発見され、忘れられていた美しい書物が、再び輝きを取り戻す。
(特任助教 幾浦裕之)
読売新聞多摩版2023年1月25日掲載記事より
※「日本古典籍総合目録データベース」「新日本古典籍総合データベース」を3月1日に統合し「国書データベース」といたします。