『江都 名所圖會』
鍬形蕙斎(明和元~文政7年〈1764~1824年〉)画『江都 名所図会』は、天明5年(1785年)8月に出版された作品である。上野・両国・隅田川といった江戸の名所49図を描き、それぞれの地名とともに、図にちなんだ俳諧が配されている。
現存するいくつかの伝本のうち、国文研蔵のものは初版と思われる一本で、巻子本に仕立てられているが、元は折本帖仕立てだったと思しい。天地17㎝、長さ1187.5㎝。絵画の主線は藍色で摺られ、寺社や植物に赤や緑、薄い黄色が用いられている。淡々とした色合いと小ぶりなサイズ感、そして写実的で軽快な蕙斎の筆が相まった、雅味あふれる一本である。
松魚が運び込まれ活気溢れる、交通の要所日本橋。芝居小屋のざわめきが聞こえそうな堺町。雄大な海の向こうに房総半島が見え、人々が潮干狩りに興じる品川。鳥瞰的な視点で描かれた名所を右から左へと見てゆくと、あたかも江戸の上空を飛行しているような臨場感におそわれる。蕙斎の優れた筆力が存分に発揮された優品だ。
ところで冒頭で「49図」と書いたが、本作の巻頭には「通計五十景」とあり辻褄が合わない。国文研本は49図目の「春日山」で終わっているが、他の伝本を参照すると、50図目に「蓬莱宮」が存する。蓬莱宮とは江戸城のこと。他本には、朝日とともに江戸城へ登る大名行列、そしてその上空を飛ぶ鶴が描かれているが、国文研本ではその部分が切り取られており、遠方に見える大名行列のみが残る。国文研本の「春日山」の先には不自然な継ぎ目が見て取れ、残された「蓬莱宮」の末尾とつなぎ合わせたものと思われる。
※新日本古典籍総合データベースにて全文をご覧いただけます。
「蓬莱宮」の景色に添えられているのは、「日の春を流石に鶴のあゆみ哉 晋子」。芭蕉の高弟で江戸を代表する俳人其角(寛文元~宝永4年〈1661~1707年〉)の、新春を言祝ぐ句だ。江戸城も其角も、江戸人にとって特別な存在であった。国文研本から切り取られためでたい一図は、誰かの部屋に誇らしげに掲げられたのかもしれない。
(特任助教 有澤知世)
読売新聞多摩版2019年8月21日掲載記事より