大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館

2018/5/22

こんにちは、新・館長!

国文学研究資料館に新しく赴任されたキャンベルさん

初対面の挨拶が終わるとすぐに「マレガ文庫」の話に。
「マレガ文庫」の話題は、昨年掲載の大友先生、先月掲載の山下先生に続く3回目。
改めて「マレガ文庫」の大事を知った。

マレガ文庫との出会い

1996年2月、当時私は国文研の助教授でした。バチカンにある日本の書籍の調査の調査中、本当に廊下の立ち話です。東欧出身の図書館サービス係の先生から、「サレジオ大学の神父が『サレジオ図書館によくわからない東洋の本がたくさんある』と言っていた。たまたまここに彼がいるから話を聞かないか?」と言われたのです。バチカンの大理石の廊下での、この立ち話からすべては始まりました。僥倖ですね。それからいくつもの螺旋階段のように、繋がって、繋がってやっと実を結びました。
オリバーレス神父というサレジオ図書館長から、とにかく蔵書は茶色い包紙と紐でくくったまま書庫のなかに収めてあります、時間が有れば見てやってくださいと英語で言われました。嗅覚といいますか、あ、これは相当な量だろうなということを感じましたので、バチカンの準備調査の方は早々と切り上げて、翌日4人でローマ郊外にタクシーを走らせてサレジオ図書館にうかがいました。図書館長が待ち受けていてくださって案内されるままに行くと、地下の書架にたくさん、とにかくたくさんの本が包まれたまま眠るようにあったわけです。洋書なのか和装本なのか、それもわからない。ではこの包装紙を取らせてくださいと。私たちの調査とは物を扱うことが中心なので、物を扱うことに慣れてはいるのですが、それでも最初から紐を切って包み紙を取る、つまり荷解きからというのは新鮮な経験でした。
開くと洋装本は一冊もない。全部江戸時代と明治時代の和装本でした。図書館長の話から、この蔵書の持ち主がマリオ・マレガという人だとわかりました。まだ「マレガ文庫」という名前すらない、その時にこの膨大なマレガさんの蔵書調査をすると急遽決めて、イタリア滞在の残りの時間をそこに当てることにしたのです。

具体的な最初の作業

マレガさんの蔵書を、とにかくすべて荷解きしました。これは、早い話が神経衰弱です。泣き別れしている本を探し出す。和装本は書型(大きさ)によって4つか5つの山にすると整理の3割くらいはできたことになります。大本、半紙本、中本、小本、横本などとあって、その形や大きさでどういう性質の本かということがわかります。大本ばかりだと非常に学問的であったり歴史書であったり、一言でいうと「硬い本」です。小ぶりの本が多くなればなるほど、どちらかというと「柔らかい」、通俗的な本ですね。その山分けをひたすらやって、山ができたところで泣き別れを一緒にしていきます。整理をしはほんたとしても端本がでてくる。もともと端本であったもの、取り合わせ本...。それらを改めて組み合わせたりしました。
帰国してからその後のプランを練り直し、「マレガ文庫」として全部整理し目録を作って、サレジオ大学だけでなくEU全体がその本を活用できるような情報整理をして差し上げました。カトリック系の大学はやはりすごいなと思ったのは、最初からこの「マレガ文庫」をどう保存すべきか、保存の仕方を教えてくださいと言ったことです。意識が高いです。彼らは洋書についてはエキスパートでも、和装本はまったく要領が異なります。和装本は縦にして自立させようとすると柔らかくて、糸で綴じてありますからしなったり、自重で形が変形したり糸が切れたりします。だから山積みにする。でも積んでしまうと内容がわからない。そこで帙を作ろうということになり、受け入れていただきました。日本から帙を持ち込み、イタリア人の職人さんに1年間預けてサンプルを作ってもらって、ちょっとダメだししたりして(笑)。結果、すごくいいモノができたんですよ。こはぜは特殊なものですから、そこはローカルな工夫をしてマジックテープのようなもので止めていました。ちゃんと中性紙を使って、本を守るように全点作りました。

tachikawa2.jpg

皆さんにお願いしたいこと

国文研では、蔵書を単に1点1点がどのような価値を持っているかに限らず、堆積したまとまりとして、時代の大切な証言者と考えています。集めた人の意志・作られた時代や場所を記録し検証することで、書物がどういう履歴をもってどのように伝わり、流布し、人々の間で使われていたか、読まれていたかというひとつの大切な証言になるのです。
フランスでは田舎でも好きで本をたくさん集める人がいる。亡くなる時にその蔵書が引き継がれるのですが、昔であれば税の対象である財産として登録しなければならない。蔵書の数やタイトル、つまり目録を役所に届けます。それらの膨大な記録は、歴史資料になっています。フランスの読書文化はフランスの歴史の中で非常に重要な地位を占めていて、識字率ですとか階級、所得と読まれていた本の関係、どのように情報が社会の中で流布していったか、こういったことが公文書からいろいろ分析することができるのです。でも、日本の場合は必ずしも記録が作られるわけではありません。代替わりするときに継承されることもあれば、散逸してしまうこともある。そこで皆さんにお願いしたいことは、故人の蔵書を手放してしまう前にエクセル表か何かでリストを作って頂きたい。そしてその遺された方がどういう人で、いつからいつまで生きておられどういう仕事をされていたかということをリストと一緒に保存してほしいのです。これは特別な方だけでなく、一般市民の方もです。立川は都心に比べるとまだ古くからお住まいの方も多いと思います。蔵の中とか、屋根裏とか、蔵書のリストをぜひお願いしたいですね。マレガ文庫も同じです。マレガ文庫の目録と一緒に、マレガさんが誰であるかと言う伝記といいますか、私が書いた略伝と一緒に保存されています。

切支丹資料

マレガさんが何者であるかということ。ローマ法王の指示で戦前から日本に来ていたこと、東京・碑文谷にあるサレジオ教会を実際に立ち上げた方であること、最期は老齢になり飛行機に乗せられてローマへ帰りサレジオ教会の同胞に介抱されて亡くなったということはわかりました。肝心なのはマレガさんが何をしたかということです。大分県に長くいらして、古文書を、特に切支丹史料をたくさん集められ、マレガさんが編集し全部日本語で書かれた史料集「豊後切支丹史料」「続豊後切支丹史料」を発行していることがわかったのです。史料集が出せるということはどこかに切支丹史料があるということ。ローマで碑文谷の図書館に本が残っていると聞いていたので、山下則子先生と一緒に碑文谷にうかがいました。行ってみると、沢山の和装本が残っていて、私たちは2回ほど調査をしたのですが、その調査の最中にいろいろな事情があってそれらの書籍が全部梱包されてローマに返されたのです。その後、「豊後切支丹史料」の元になった史料が実はバチカン図書館にあることがわかり、今国文研で主導しているバチカンとの共同研究ができたのです。
今サレジオ図書館にマレガさんの文庫があって貴重書扱いになっていますが、この業績で私たちはローマ法王からメダルをもらいました。時間はかかりましたが、国文研の仕事がいい意味で本当のコラボレーション、国際研究のネットワーク作りになったと思います。

国文研の館長として

国文研は設立以来45年以上、世界に類をみない事業を展開しています。その国の言語で書かれた文芸すべてを100年かけても、それらが物としてどこにあり、どういう状態にあるのかということのフィジカルな調査をし、実物も集め、画像として悉皆収集しています。日本津々浦々すべてを集めてアーカイブ化し、そこからが大切ですが、活用する。その活用を振行させることが、当館の使命なのです。フランスにもイギリスにもアメリカにも、こういう機関はありません。国文研が創設された背景には戦争があり、物は破壊される、精神や知恵、文化というものが物としていかに脆弱であるかということを知り尽くした方々がいらして、日本列島にどんなことが起きても日本語の中で蓄積されたすばらしい人間の知恵は残さなければならないという、非常に強い、衝動にも近い思いを持っていらしたのだと思います。
けれども、私の目から見ると保存された物が充分に活用されていない。ですから、1つには地道に館の事業に協力してくれている全国、全世界の日本文学研究者や大学院生たちの汗の結晶として収集したデータや画像、人的ネットワークが今の世界や社会に、どういう新たな知恵や文化と連携し創造をもたらすのか、もたらし得るのか。私はそこがこれから検討され、実現されていく、いくべき、いかざるを得ないと思っています。国文研は日本文学という非常に重要な基礎学の、さらに最も重要な「神経」が集まっている場所です。そこから豊富な知恵を汲み取ってもらえる人たちや団体が無数にあるはずです。ところが今はごく限られています。私は個人的には、文学以外の活動や団体にも橋渡しをしていきたいと思っています。
今西館長時代に大型プロジェクトを始めています。非常に先端的で重要なネットワーク事業をしていて、これは絶対にやり遂げなければならない。30万点のデータ公開を目ざしていますが、ただ公開しただけでは日本人の99%はこの画像公開の意味を汲み取ることはできません。日本の古典には、実は1つの作品の両隣、向い側にはすばらしい作品、ストーリー、人物が無数にあるのです。例えば私たちが出会う妖怪ですと、おそらく私たちは全妖怪の1/100くらいとしか知り合っていません。もっとたくさんの面白い妖怪が古典籍の中に身を潜めているのです。それらを現代語にし、そこから英語や韓国語などに翻訳すると、初めてそれらが世に知られ歩き始めます。川上をそれぞれの時代の文献資料だとします。川下の出口のところは何になるか。それはITの現代ですから、初音ミクのようなコンテンツにも繋がっていきます。そんなコラボレーションで、日本の古典を活きたものとして新たな形、発想として繋げていきたい。国文研自体で全部やるというよりも、その滑走路あるいは発射台になれればと思っています。
ではそれをどんな風に現実化、持続化するか。古典インタプリタという資格を考えています。西洋文学の専門家であれば、フランス語の小説を日本語に訳す。それは業績になります。就職する時も助成金を得る時もそれは認められます。でも、中世や江戸時代の研究者が古典籍を現代人が読めるように調えても、それは業績にならないのです。科学インタプリタという資格があるように、古典インタプリタを大学や一般社会で認められる1つの職能にしていきたいと思っています。無尽蔵にある古典の文化資本を活用するために必要なものだと思います。日本人であれば誰でもできると思われるかもしれませんが、そんなことはなくて、長年の訓練が必要です。生の古典をどう理解し、人々に伝えていくか、その端緒をみんなで一緒に作ることができたらいいなと思っています。

ロバート キャンベル氏
ニューヨーク生まれ。日本文学者。カリフォルニア大学バークレー校、ハーバード大学大学院を経て来日。九州大学に留学、1987年九州大学文学部国語国文学研究室専任講師、1995年国文学研究資料館助教授、2000年東京大学助教授、2007年東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻比較文学比較文化研究室教授。2017年4月より国文学研究資料館館長。
メディアなどで他流試合をすることはとても大切なことと言い、今後は地元との連携を大事に立川の水にも少しずつ慣れていきたいと話す。「立川には農家があるでしょう?国文研と農家とで何かコラボできないでしょうか」と、自らが審査員となって「奈良遺産」に認定された奈良県のお土産品『奈良漬サブレ』の話をしてくれた。とっても「うまい」のだそうだ。

「えくてびあん」掲載記事より

ページトップ