大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国文学研究資料館

2018/3/15

国文研でやっていること

大学院があります

国文研にある総研大の話をしてくださるというのに無理を言って『NARUTO』の話もしてもらった。
おもしろかった。

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◆ナルトはなぜ金髪か

小学6年生を対象に文部科学省で『NARUTO』を使って日本古典籍の話をしました。登場人物のひとり「さくら」ちゃんの衣装を着て()。『NARUTO』って忍者の話なんだけれども、ヘビとガマとなめくじの三竦(すくみ)のお話でもある。
その出典は日本の古典にあるということと、ナルトって金髪でヒゲが生えているでしょう?それは金毛九尾の狐が由来で、もともとはこういうお話ですよということを古典籍を見せながら話しました。子どもたちはみんな集中して真剣に聞いていましたよ。
うずまきナルトは『NARUTO』の主人公。金毛九尾の狐のチャクラが体に入っていて、そのおかげでものすごい力が出てしまう。これは『三国妖婦伝』といって、インドと中国と日本の女性に狐が憑りついて、権力者をたぶらかして悪いことをさせるという話で、江戸時代後期にとても流行りました。
『三国妖婦伝』の中で一番すごいのが中国の妲己(だっき)。それに比べると日本なんか非常におとなしくて、体が光ってしまう程度なんです()。玉藻前(たまものまえ)という人に憑りついたのですが、九尾の狐の正体を現して那須野原に逃げる。
そして三浦介(みうらのすけ)と上総介(かずさのすけ)に退治されます。ところが、路傍の岩のような石に九尾の狐の執念が凝り固まって、ここを通る人が倒れてしまうんですね。硫黄がガスになって出ていたのかな。それで「殺生石」と呼ばれた。でも玄翁和尚の祈りによって成仏すると。その石を割ったのが玄翁なので、金づちの大きいのを玄翁って言うでしょう?
もうひとつは三竦み。ガマはナメクジに強いけれどヘビには弱い。ヘビはガマには強いけれども、ナメクジに弱い。ナメクジはヘビには強いけれど、ガマには弱い。それが大蛇丸(おろちまる)と綱手(つなで)と自来也(じらいや)ですね。だから三者が顔を合わせると動けなくなっちゃう。
古典籍に『児雷也豪傑譚』というものがあって、ガマの児雷也はヘビにいつもやられてしまうのだけれど、綱手姫に助けられる。必ず強いものに弱いものがある、つまり終わらない戦いの話なのです。一番の疑問は、なぜナメクジはヘビに勝つのか、です。
わからないでしょう?それを今回私は解きました。一番最初の中国の本ではナメクジではなくて、ムカデだったというのが答え。日本に伝わった時になぜナメクジになってしまったかはわからないけれど、中国の百科事典にはガマとムカデとヘビと書いてあります。『荘子』などの大昔から中国の本にはムカデがヘビを食べると書いてある。ヘビはムカデに食べられちゃうのです。その謎が解けた時は私も嬉しかったですよ。自分でも楽しかったですね。

◆国文研にある大学院

国文研の中に総合研究大学院大学があります。
1988(昭和63)年に日本で初めて設立された大学院だけの大学です。
修士課程を修了しているかそれと同等の学力がある方ならどなたでも入れます。国文研の日本文学研究専攻の特色として、日本文学やその周辺分野において文化資源、つまり本とか一枚刷りとか文書とかね、そうした現物に基づいた専門性に裏打ちされた、しかも国際的に魅力的な研究を行える研究者を培っています。
文学研究を実証的にやることを売りにしていますから、そこは外せない。でも、今の時代はとにかく国際化、グローバル、なんです。だから細かいことを実証しようとこだわっても、そこにこだわる意味を外国人にわかってもらえないと、興味を持たれない。実証的に、でも理論も優先させて...
このふたつを両立させるのは難しいです。

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国際化って大変ですよね。言葉の問題もありますが、感覚がまったく違うから。特に海外研究者には、目前に現物がたくさんあるわけではない。
実証的に研究してと言われても難しいのです。
だから海外研究者は理論とか評論とか見方とか、そういうものに魅力を感じるようです。
江戸時代の「みたてとやつし」などには興味を持つようですね。
「みたて」は社会風刺の意味をもつパロディではない日本的な表現方法ですし、「やつし」も中国のものを日本化した日本の文化的特色が反映されているわけだから、どっちも日本の特色ある表現様式なのです。
だから外国人に興味を持たれる。
総研大の学生は優秀です。日文専は設立15年も経っていないのに、受賞者が多いんですよ。留学生も含めていろいろな賞をいただいています。

国文研の日文専は「就職」ということを除外すれば、環境や教師の数から言っても日本文学研究においては日本一の場所です。かなり大きい大学だって、日本文学関係の教師なんて56人いたらいい方です。
その点日文専には25人もスタッフがいるわけですから。学生が真剣にやってくれれば、相当育ててあげられるという自負心はあります。

東アジアの中で古典がこれだけちゃんと残っていて研究されている国って日本以外にはあまりないと思います。
古典が、しかもいろいろなものが残っているというのは珍しい。
ただあまりにもありふれているから、当の日本人にはその価値に気付いていないのです。

◆在外古典籍の調査研究

もうひとつ。私が関わった特別な仕事、それは在外古典籍調査です。
私はイタリアのジェノバ市にあるキオッソーネ東洋美術館の日本古典籍調査をして、昨年目録を出しました。
キオッソーネは明治のお雇い外国人で、お札のデザインをするために呼ばれて来たイタリア人です。
彼は元々画家で、皆さんが西郷隆盛と言われてイメージする肖像を作った人です。高給取りで日本に長く居て日本で亡くなったのですが、浮世絵とか本、飾り物、装飾品など、たくさん買い込んだ。
明治初期だと江戸時代のものはかなり安く手に入ったのだと思います。
それらは彼の死後、故郷ジェノバに送られました。
それがキオッソーネ東洋美術館となって、古典籍や絵本類がたくさんあります。
そこで絵本を中心とした古典籍の調査をし、17年がかりで目録を完成させました。

国文研には海外調査の予算がないので科研にお金を申請しなければならない。さらに他にも仕事がありますから、申請が通っても1年に1度しか行かれないのです。
イタリアの資料調査を始めたのは4月から新館長に就任されるロバート・キャンベルさんです。
彼が以前国文研に在籍していらした1996(平成8)年に始めて、私も1998(平成10)年から参加しました。
キャンベルさんが2000(平成12)年に東大に出てしまわれてからは、在イタリア日本古典籍調査の責任者を私が引き継ぎ、昨年ようやく4つめの最後の目録を完成させてホッとしました。

2002年に最初に完成させたのは、ローマのサレジオ大学マリオ・マレガ文庫の目録です。昨年「えくてびあん11月号」にも掲載されていましたが、サレジオ教会のマリオ・マレガ神父が、在日した45年間に集めた日本資料の文庫です。
1996年にキャンベルさんがバチカン図書館で出会ったサレジオ大学のオリバーレス神父から「サレジオ図書館に日本の資料や本があるよ」と聞いて行ったのが最初ですね。そこにはマリオ・マレガ神父が亡くなってから、未整理の混沌状態で膨大な資料が放置されていたのです。
それを6回の訪問で整理し調査し帙(ちつ)に装填した。
古典籍調査って、日本でやるのも結構きつい。
それを海外でやるのは大変です。しかし最も労力がかかるのは、日本で様々な本で調べながら目録を作ることです。
調査カードから目録への打ち込みは、様々な大学の院生がアルバイトでやってくれましたが、校正は4つとも私がやりました。
そしてキャンベルさんが解説に、「マレガ神父がどこからか隠れ切支丹資料を手に入れたらしいので、様々な神父に聴いて探したが出てこなかった」と書きました。
すると10年経って、目録を差し上げたシルビオ・ヴィータ先生から「出た! しかもバチカンから」という連絡をいただいたのです。
それで2012(平成24)3月にヴィータ先生とバチカンへ見に行ってみると、21袋の文書でしょう。これは手におえないということで京都府立総合資料館の井口和起先生に相談し、国文研のアーカイブズ担当者達にお願いしようということになりました。

バチカンにある史料を青木睦さんのご専門である日本の保存方法を使って保存するというのは、これは本当に国際連携協力ということになり、私のマリオ・マレガ文庫調査と目録作成は、筆舌に尽くしがたい多くの困難もありましたが、結果的には本当によかったと思っています。
隠れキリシタン史料はクリスチャンの方たちにとっては迫害された歴史ですから、新たな聖人が何人もでてくる、そのくらい大変なことなのです。
日本人にとっては歴史の一部でしかないのですが、世界中に響き渡った発見でした。
マレガ神父が収集した「隠れ切支丹史料があるはずだ」というキャンベルさんの熱意が実った結果です。

(写真はバチカンからもらったメダル)

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山下則子氏
国文学研究資料館 教授。
総合研究大学院大学日本文学専攻 専攻長。
高校教師を16年務めたあと、国文研に在籍して21年。5年前から総研大の専攻長だが、このあと立川の国文研、大阪の民博(国立民族学博物館)、千葉の歴博(国立歴史民俗博物館)、京都の日文研(国際日本文化研究センター)すべての大学院の文化科学研究科長に就任予定。
いつお会いしても穏やかで優しくて、「すごい」イメージがないのだが、実はすごい方。何よりも5年前のインタビュー時とまったく変わっていない、お若いままなのが一番すごい。
まさに永遠の美を保つ「五代目火影 綱手」のリアルバージョン。

「えくてびあん」掲載記事より

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