江戸の粋─鈴木春信のやつし絵─

図は、鈴木春信(すずきはるのぶ)(生年未詳〜1770)の描いた錦絵(にしきえ)で、明和年間(1764〜72)に刊行されたものです。
絵の上部、雲型(くもがた)に仕切られて和歌が一首「中納言兼輔 みじか夜のふけゆくまゝに高砂の峯の松風ふくかとぞきく」とあります。これは、『後撰和歌集(ごせんわかしゅう)』に載る、藤原兼輔(ふじわらのかねすけ)(877〜933)の和歌(一六七番)で、歌集では「夏夜、ふかやぶが琴ひくをききて」という詞書があります。歌の意味は「夏の短夜がふけゆくにつれ、清原深養父(きよはらのふかやぶ)(生没年未詳)が弾く琴の音が高砂の峯の松風のように聞こえることだ」というようなものでしょうか。
一見してわかるとおり、春信の絵は全く平安時代の風俗ではありません。髪型や着物から、江戸時代の男女であることが分かります。つまり、歌の解釈をそのまま絵画化するのではなく、江戸時代の風俗に置きかえて描いているのです。こういうものを〈見立絵(みたてえ)〉と呼んでいます。一種のパロディーですが、古歌の意味を汲みながら、当世風に描き変えています。
夏を表すのは、蚊帳(かや)と団扇(うちわ)。夜であることは、後方の雨戸が閉め切られ、朱塗りの丸行灯(まるあんどん)に火影(ほかげ)が見えることでわかります。
詰め将棋に興じている男には前髪がありますので、元服前の若者です。しかし、ここには古歌で重要な意味を持つ琴が全く描かれていません。どこか遠くの部屋から琴の音が響いているのでしょうか。そうだとすると、ここは一般の家庭とは考えにくく、遊郭のような場所が想定されます。あるいは、知識人の教養とされる「琴棋書画(きんきしょが)」の琴と棋(本来は碁ですが)を置きかえたのかもしれません。
藤原兼輔と清原深養父の親交を詠った古歌を換骨奪胎し、江戸の若者の色恋に変えて見せている点が趣向でしょう。このように、古典の享受もかなり自在で洒落たものでした。
この絵にはもう一点特筆すべきことがあります。それは、色刷りの技法です。
明和年間は、木版色刷りの技術が初めて使われた時期でした。これを錦絵と呼びます。鈴木春信は、錦絵の最初期の画家なのです。
最初期ではありますが、その技法は既に完成されていると言っても過言ではありません。特に注目していただきたいのは、蚊帳の編み目の細かさ。彫りの技術の極みです。また、その蚊帳が男女の着物にかかっているのですが、蚊帳をとおして透けて見えていることまで表現されています。カラーで掲載できないのが残念ですが、当館の国書データベースで精細なデジタル画像を公開しておりますので、ダウンロードしてお手元で拡大してご覧ください。
更に、精細なデジタル画像でも見えない技法があります。空刷(からず)りと言うのですが、紙に凹凸(おうとつ)を付けるいわゆるエンボス加工です。こちらは刷りの技術の極みです。これは現物を手に取って見ない限りなかなか気づけません。当館では書物を3Dで撮影することも試みております。空刷りを見やすくした画像をお届けできる日も近いかと思っております。
(入口敦志)
※今回ご紹介した「中納言兼輔」には以下のQRコードからアクセスできます。
文部科学教育通信2025年4月28日掲載記事より