『伊勢物語』を受け継ぐ
通常展示の一部のスペースを使って、当館所蔵の作品を展示いたします。
会期:
2025年5月9日(金)~8月5日(火)
閉室日:土曜、日曜、祝日、第4水曜
『伊勢物語』は、平安時代中期に成立して以来、千年以上にわたって読み継がれてきました。日本文化に与えた影響も大きく、文学、絵画、芸能など、さまざまな分野に及んでいます。
こうした物語の継承と伝播を支えてきたのが書物です。今回の展示では、当館鉄心斎文庫の豊富な資料のなかから、特色ある古典籍を紹介します。
今年は、『伊勢物語』の主人公ともされる在原業平(825-880)の誕生から1200年の節目にあたります。書物を通じて受け継がれてきた物語の歴史をお楽しみください。
*鉄心斎文庫 芦澤新二(1924-1989)・美佐子(1928-2019)夫妻が蒐集した『伊勢物語』を中心とするコレクション。2016年受贈。
はじめに
『伊勢物語』は、在原業平(825-880)とおぼしい「男」をめぐる多彩な人間模様と折々の和歌を綴った物語です。成立の経緯は未詳ですが、幾度か手が加えられ、10世紀の中頃にはほぼ現在の構成になったという説があります。父方に平城(へいぜい)天皇(774-824)、母方に桓武(かんむ)天皇(737-806)と、二人の天皇を祖父に持つ貴公子の物語は、平安時代の人々の関心を大いに集めたことでしょう。『源氏物語』にも『伊勢物語』と思われる作品が登場し、貴族の女性たちに親しまれていた様子がうかがえます。その後、物語はさまざまな形で受け継がれ、伝えられていきました。今回の展示では、古典籍を通して物語のその後をたどっていきます。
〈鎌倉・南北朝時代〉学びとのかかわり
業平は六歌仙に数えられる歌人でもあります。和歌209首を収める『伊勢物語』は和歌周辺の学びともかかわっています。鎌倉時代の歌人藤原定家(ふじわらのさだいえ)(1162-1241)は和歌の上達のために、南北朝時代の関白で連歌(れんが)(和歌から生じた文芸)の発展に尽力した二条良基(にじょうよしもと)(1320-1388)は連歌修養のために、学ぶべき作品のひとつとして『伊勢物語』をあげています。
現在知られる『伊勢物語』の古写本は鎌倉時代のものです。それらのなかには、後世になって歌人の書写と見なされるようになったものも少なくありません。また、この時期の注釈書(語句や本文の解釈、作品の背景などを説明した書物)には、平安時代の有力歌人や業平の子孫を作者と称する例も見られ、歌学との距離をうかがうことができます。
1-1伊勢物語 伝二条為氏筆 https://doi.org/10.20730/200024135 9/136
1-2伊勢物語 伝冷泉為相筆 https://doi.org/10.20730/200024136 24/85
1-3 和歌知顕集 伝源経信著 https://doi.org/10.20730/200024612 30/61
〈室町・安土桃山時代〉知識の伝播
この時代には、連歌が流行しました。『伊勢物語』の知識を求める人が増えるにつれて、そのあり方も変化していきます。室町時代の関白で当代随一の学識を誇った一条兼良(いちじょうかねよし)(1402-1481)は注釈書を著しました。また、古今伝授で有名な武家歌人東常縁(とうのつねより)(1401-1484頃)も写本を残しています。当時の古典の知識は師から弟子への講釈によって伝えられました。戦乱の続く時代、連歌師は都から各地の有力武家のもとへ出向き、古典講釈を行います。宗祇(そうぎ)(1421-1502)は山口での初心者向けの講釈を注釈書にまとめており、地方での『伊勢物語』理解もわかります。
一方、室町末頃に製作が始まった奈良絵本には素朴な描写も見られ、物語を楽しむ層の広がりをうかがわせます。
都から地方へ、貴族中心からさまざまな身分へと『伊勢物語』の文化は浸透していきました。
2-1 愚見抄 一条兼良著 https://doi.org/10.20730/200024607 8/87
2-2 伊勢物語 東常縁筆 https://doi.org/10.20730/200024151 24/87
2-3 山口記 宗祇著 https://doi.org/10.20730/200024638 75/79
2-4 伊勢物語(奈良絵本) https://doi.org/10.20730/200024493 10/121
〈江戸時代〉飛躍的な普及と多様化
『伊勢物語』をめぐっては、江戸時代の初め頃、都を中心にいくつかの大きな動きがありました。三条西家(さんじょうにしけ)の和学を学んだ細川幽斎(ほそかわゆうさい)(1534-1610)は、それらを『闕疑抄(けつぎしょう)』としてまとめます。この注釈書は、宮中に伝えられ、講釈にも活用されました。一方では、刊行によって幅広い人々の間にも広まり、重んじられています。印刷技術の発達によって、古典作品の普及と知識の共有が飛躍的に進みました。日本の古典文学のなかで最初に絵入り本が刊行されたのも、『伊勢物語』でした。慶長(けいちょう)13年(1608)のことです。需要の大きさに加え、適度な分量である点も関係したと考えられます。その後、本文、注釈書、絵入り本などがつぎつぎに刊行されていきます。やがて、テキストや解釈、絵などが全国で広く共有されるようになりました。それらの教養は、パロディなどの二次創作が生まれる土台ともなっていきます。
また、古典学者たちの間では様々な本文への関心が高まり、複数の本文を比較対照して解釈に活用しようとする者が現れました。この研究方法は現代の古典研究でも用いられています。
人々は、長い間、古典籍を通じて『伊勢物語』と向き合い、受け継いできました。時代を超えたこのような営みを本展示で感じ取っていただけたら幸いです。
3-1 闕疑抄 細川幽斎著 https://doi.org/10.20730/200025062 14/207
3-2 伊勢物語(嵯峨本) 中院通勝刊語 https://doi.org/10.20730/200024934 19/128
3-3 真名伊勢物語 伝具平親王撰 https://doi.org/10.20730/200024545 9/61
3-4 伊勢物語聞書 後水尾院講・飛鳥井雅章記 https://doi.org/10.20730/200025045 5/190
4-1 伊勢物語頭書抄絵入読曲 坂内山雲子編・菱川師宣画 https://doi.org/10.20730/200024945 40/62
4-2 七宝伊勢物語大全 https://doi.org/10.20730/200024880 7/56
4-3 伊勢物語 月岡丹下画 https://doi.org/10.20730/200025018 9/111
4-4 参考伊勢物語 屋代弘賢著 https://doi.org/10.20730/200025144 9/115
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