江戸の料理書・料理本
会期:平成29年3月22日(水)~5月9日(火)
休室日:日曜日・祝日、展示室整備日(5月1,2,6日)
料理って何でしょうか。食事はたべること、つまり人にとって欠かすことの出来ない営みですね。では料理は?「料」は米+斗、穀物などを量[はか]ることを指します。「理」は整えるという意味。つまり「料理」は、量り調えること、つまり食材に手を加えておいしく食べられるようにすることや、できあがったもののことを言うのです。
食べることに精一杯だった時代には、高貴な人々など、ごく限られた人々の間にしか「料理」が存在しませんでした。生きるための食から、整えられた「料理」の時代へという変化は、貴族や武家のなかで起こっていました。それが一般の人々にまで、広がりを見せるのは、太平の世を謳歌[おうか]した江戸時代まで待たねばならなかったのです。江戸時代には多くの料理に関する書物が出版されています。当初は料理に関して一定以上の知識をもった人を対象にしたものだったようで、専門的な色彩の濃い、調理法と作法とを伝える「料理書」が中心でした。それに対し出版文化が隆盛[りゅうせい]を極めた江戸時代の後半には、食の楽しみを求め、料理人以外の人が楽しめる「遊び」の要素のある「料理本」が登場してきたのです。
今回は、館蔵本を中心に様々な料理書・料理本を展示しています。料理を巡る当時の興味のありようをお楽しみください。
展示ケース1
江戸初期料理書の嚆矢[こうし]<料理物語>
江戸時代初期の代表的料理書で、後の料理書に影響を与えたのが『料理物語』。それまでの時代には、四条流[しじょうりゅう]などの包丁流派[ほうちょうりゅうは]ごとに料理の式法[しきほう]を伝える伝書[でんしょ](写本)が存在し、儀式料理の献立や食事の作法、故実[こじつ]の記載が主たる内容であった。『料理物語』は出版本であるばかりでなく、流派にもこだわらず、具体的で平易に料理の材料や調理法が書かれてあるきわめて実用的な内容になっている。項目の立て方や文章に異同がある異版も多く、当館は3点所蔵する。
<寛永[かんえい]20年版 料理物語>1-1
版本[はんぽん]で現在確認されるものでもっとも古いもの。
<松会版[しょうかいばん]料理物語>1-2
寛文[かんぶん]4年(1664)7月版の松会衛開版本の刊年を削ったもので、それ以降の刊行。本書には菱川師宣[ひしかわもろのぶ]風の画が掲載され、絵入本としては料理本のなかで最も古い。
<貞享[じょうきょう]元年版 料理秘伝抄[りょうりひでんしょう]>1-3
『料理物語』の抜粋本で、元は寛文10年(1670)刊の料理書。なかには次に掲載する『料理献立集』と同じ婚礼の図があり、両書の関係を考える上でも興味深い。
展示ケース2
江戸初期の献立(レシピ)集<料理献立集>2-1
江戸初期の料理書。江戸時代に刊行された献立集の中ではもっとも古いものであり、初版は寛文[かんぶん]11年(1671)で、元禄[げんろく]頃までに再三刊行されている。展示書には刊年記載なし。正月から12月まで、月ごとに材料と取り合わせ例を列記し、所々に簡単な料理法が記されている。
料理百科の書<合類日用料理抄[ごうるいにちようりょうりしょう]>2-2
元禄2年(1689)初版。調理法や献立のほかに、酒や味噌などの醸造[じょうぞう]食品、餅、麺類、菓子、漬物、豆腐、魚類加工品などの作り方にもおよび、広く秘伝口伝[ひでんくでん]・聞書[ききがき]のたぐいなどから丹念に集めた食の百科事典。
料理に関する総合書<節用料理大全[せつようりょうりたいぜん]>2-3
饗応[きょうおう]の御膳[ごぜん]にはじまり、12ヶ月の献立、料理法、食べ物の能毒[のうどく]などについて書かれている。室町時代初期には包丁の家として著名であった四条流の文献を中心に、必要箇所を取捨選択し編集されており、『合類日用料理抄』などからの引用もある。題名の通り、料理に関する「節用集」であり、辞書的な使われ方をしたと考えられる。
展示ケース3
郷土の名物料理紹介本<料理山海郷[さんかいきょう]>3-1
諸国の名物料理について、名前を挙げて調理法を記した書。「桑名時雨蛤[くわなしぐれはまぐり]」や「甲州打栗[こうしゅううちぐり]」など、230もの料理のうち53種類に地方名が付されている。文政2年(1819)刊・中川新七求板本[きゅうばんぼん]。
異国へのあこがれ<会席しつぽく趣向帳>3-2
卓袱[しっぽく]とは中国風食卓の呼び名。各自にお膳を配する日本料理に対し、食卓を囲んで食べる中国風の卓袱料理は異国情緒豊かであったことだろう。巻頭に料理に用いる家具や器の図と献立とを解説するが、その料理は、あまり油を使わぬものが多く、形式と器のみが中国風であった。18世紀後半の料理本には卓袱料理の記述も見受けられ、かなり普及したか。
料理の一大ブーム「百珍物」の先駆け<豆腐百珍[とうふひゃくちん]>3-3、3-4
江戸時代中期に一大ブームを巻き起こした百珍物の先駆けの書。百種類もの豆腐料理の調理法を解説しており、尋常品[じんじょうひん]から絶品[ぜっぴん]まで六等級に分けて評価しており、現代でも通用する料理が多く参考になる。続編巻末には、豆腐雑話として種々の文献から豆腐に関する記述が紹介されており、豆腐関係の文献集成的役割を果たす。
たまご料理のオンパレード<万宝料理秘密箱[まんぼうりょうりひみつばこ]>3-5
鳥や卵、川魚といった素材別に料理名と調理法を記した書。特に「一名玉子百珍[いちめいたまごひゃくちん]」とあるように、合計103種ものたまご料理が器や用途などとともに記される。養鶏の発達と相まってその後のたまご料理の普及を担った。
展示ケース4
飢饉[ききん]の時の救荒書[きゅうこうしょ]<かてもの>4-1
料理本隆盛のなかで、江戸時代の食が天候などの自然現象に左右されていたことも忘れてはならない。天明3年(1783)の飢饉のとき、米沢藩[よねざわはん]の上杉鷹山[うえすぎようざん]公の命で、家老莅戸善政[のぞきよしまさ]が、数人の侍医たちに、かてとなる草木を研究試食させ、選び出したものを集めて自ら執筆し、享和2年(1802)に領内に頒布した救荒食の書。館蔵本は、大正5年に本書の旧版木を米沢図書館(現在米沢市上杉博物館蔵)が購入し増刷したものにあたる。
漬け物づくしの本<四季漬物塩嘉言[しきつけものしおかげん]>4-2
漬物ばかり64種の作り方を紹介したもの。沢庵[たくあん]漬、浅漬、ぬか味噌漬、奈良漬、梅干し漬などがある。著者は江戸の漬物問屋小田原屋主人。出版の背景には、江戸時代後期に漬けものなどの保存食が広く庶民に普及していたことがある。
和菓子の専門書<菓子話船橋[かしわふなばし]>4-3
著者は江戸深川の菓子の名店であった船橋屋織江の主人。序文によれば、料亭八百善[やおぜん]主人が刊行した『料理通[りょうりつう]』を出版した甘泉堂[かんせんどう]和泉屋市兵衛の依頼により、店伝来の菓子の作り方をまとめたとある。和菓子の専門書として今なお通用する書物である。
接待の指南書[しなんしょ]<臨時客応接[りんじきゃくあいしらい]>4-4
料理本ではないが、急な来客があった際のもてなしの仕方についてわかりやすく記した書。その大半が食事のもてなしに関わる記述で、酒・食事の献立から、盛りつけ方、給仕[きゅうじ]の仕方などに費やしている。