源氏物語 画帖と古写本
通常展示の一部のスペースを使って、当館所蔵の作品を展示いたします。
会期:平成28年10月27日(木)~11月29日(火)
休室日:日曜日・祝日
※平成28年度からは土曜日も開室しています。
西暦1000年前後に紫式部[むらさきしきぶ]によって著されたとされる『源氏物語』は、平安時代(794~1185/1192)にはすでに多くの読者を獲得していました。都から遠く離れた上総[かずさ]の地(現在の千葉県)で育った菅原孝標女[すがわらのたかすえのむすめ]が、寛仁4(1020)年から康平2(1059)年までの約40年間を回想する『更級[さらしな]日記』には、『源氏物語』を読み耽[ふけ]ったことが記されています。
平安時代の女性のあこがれの読み物であった『源氏物語』も、じつは、紫式部が書いた原稿はおろか、平安時代に書写された写本[しゃほん]も残されていません。現在知られているもっとも古い『源氏物語』は、鎌倉時代(1185/1192~1333)に書写された写本です。
【古写本】
印刷技術の発展する江戸時代(1603~1868)以前には、書物は書写されて伝えられるのが一般的でしたが、54帖もある『源氏物語』を一人で写すのは大変なことだったらしく、何人かで分担して書写するのが通例だったようです。また、数百年と伝えられてゆくうちに写本の所蔵者もかわり、大切に伝えられたとはいえ、貸し出しや紛失などで1冊また1冊と欠けてゆくことも少なくなかったでしょう。当館所蔵の『源氏物語』古写本も54帖まとまって伝えられているのは江戸時代の写本のみで、それ以前に書写されたものは1帖のみ、または軸装された1ページのみという形で伝わります。
【系図・画帖】
『源氏物語』は、光源氏のみならずその死後の子供達の物語に及ぶ長編ですから、登場人物も400人を超えます。そのため、人物の関係性を理解するために、つくり物語でありがなら実在した人物さながらの系図が作られました。当館所蔵の系図は鎌倉時代末南北朝頃に書写されたものですが、よく見ると現在知られている『源氏物語』には登場しない人物も記されています。「巣守[すもり]三位」がそれで、鎌倉時代初頭に著された『無名草子[むみょうぞうし]』などの他の文献にも「巣守」に関連する記事が見えることから、『源氏物語』が現在の54帖の形となる前には、「巣守三位」をめぐる物語を記した巻が存在したと考えられています。
国宝「源氏物語絵巻」(平安時代末)の「東屋[あずまや]」(徳川黎明会蔵)の一図には、物語の詞書を朗読する女房の傍らで物語絵を見る浮舟[うきふね]の様子が描かれています。『源氏物語』ははやくより絵とともに鑑賞されてきました。光源氏と姫君達の王朝美の世界はいつの時代も関心が高く、その時々の絵画表現を取り込みながら数多く描かれました。当館所蔵の源氏物語画帖は、江戸時代前期頃に描かれたもので、豪華な画帖[がじょう]仕立てから当時の有力者の調度[ちょうど]であったと推測されます。
展示ケース1
<源氏物語団扇画帖[げんじものがたりうちわがちょう]>1-1、1-2(前期展示)、1-3、1-4(後期展示) 江戸時代 折帖 1帖(38.7cm×50.6cm)
団扇型[うちわがた]の源氏絵54枚が貼られた折帖[おりじょう]。箱書き・極札[きわめふだ]などは附属しない。土佐光則[とさみつのり](1583~1638)の流れを汲む、江戸時代前期頃(17世紀後半)の制作と推定される。場面選択・構図・配置の点において、出光美術館蔵伝土佐光元[とさみつもと]筆『源氏物語画帖』、徳川美術館蔵土佐光則筆『源氏物語画帖』と近似する。国文学研究資料館のホームページの「館蔵和古書目録データベース」に詳細な画像データを掲載。
(場面替え)前期10/26~11/9 夕顔巻・若紫巻、後期11/10~11/29 関屋巻・絵合巻
1-1(前期展示)
1-2(前期展示)
展示ケース2
<源氏物語 榊原本[さかきばらぼん]>2-1(前期展示)、2-2(後期展示)
鎌倉時代 列帖装 16帖(15.7cm×15.2cm)
三条西実隆[さんじょうにしさねたか]筆とされる「桐壺[きりつぼ]」を除く15帖は、『源氏物語大成』に榊原本として掲載される貴重な写本。鎌倉時代中期頃の書写で各巻の筆跡が異なる寄り合い書き。補写の1帖を含む16帖が纏まって伝わり、全帖が同装丁であることから、打曇[うちぐもり]の表紙や題簽[だいせん]などは室町時代以降の後補と推測される。本文は、青表紙本[あおびょうしぼん]。平成23年(2011)収蔵資料。『国文学研究資料館影印叢書4 源氏物語 榊原本 1~5』(勉誠出版 2012年)に全巻の影印がある。
(冊替え)前期10/26~11/9、後期11/10~11/29
<源氏物語 伝冷泉為相筆[でんれいぜいためすけひつ]>2-3(前期展示)、2-4(後期展示)
南北朝時代 列帖装 1帖(16.3cm×15.4cm)
「総角[あげまき]」のみが独立して伝わる。箱書きや古筆家[こひつけ]の極札[きわめふだ]は冷泉為相[れいぜいためすけ](1263~1326)を筆者[ひっしゃ]にあてる。南北朝時代頃に書写された写本。薄茶地に金銀の砂子[すなご]を霞のように撒いた美麗な料紙で中央に「あけまき」と打付書き。本文は青表紙本。平成21年(2009)収蔵資料。
(場面替え)前期10/26~11/9 巻頭、後期11/10~11/29 冊中程
<源氏物語>2-5(前期展示)、2-6(後期展示)
鎌倉時代後期 列帖装・1帖(15.9cm×15.8cm)
「若菜[わかな] 上」の巻だけが独立して伝わる。箱書きや極札等は附属しない。文字は小粒ながら鋭い線で流麗な書きぶり。表紙は藍の打曇)りで中央に「わかな 上」と記す題簽を附す。巻尾に「月明荘」の印。本文は青表紙本。平成23年(2011)収蔵資料。
(場面替え)前期10/26~11/9 巻頭、後期11/10~11/29 冊中程
展示ケース3
<源氏物語>3-1
鎌倉時代 軸装 1軸(断簡、本紙31.4cm×25.0cm)
鎌倉時代中期頃に書写された『源氏物語』の写本の断簡[だんかん](紙面の端に綴じ穴の跡がみられるものがあり、もとは冊子本[さっしぼん]と判断される)。書写内容は「薄雲[うすぐも]」で、当館は他に3葉を蔵する。写真3-1の左側の資料もその内の1葉(筆跡は異なるが、「竹河[たけかわ]」の断簡1葉も所蔵)。当館所蔵の5葉の他に、大きさや筆跡をほぼ同じくする写本(11巻は完本[かんぽん]、8巻は断簡)が知られているが、ツレ(同一の写本から切り出した断簡)とするか否かは説が分かれる。本文は河内本[かわうちぼん]で成立後の極めてはやい時期に書写された写本として貴重。
<源氏物語>3-2
室町時代 軸装 1軸(断簡、本紙25.5cm×9.8cm)
室町時代中期頃に書写された『源氏物語』の写本の断簡。極札を附属し、一条兼良[いちじょうかねよし](1402~81)を伝称筆者[でんしょうひっしゃ]とする。書写内容は「桐壺[きりつぼ]」の巻頭部分。同一の写本から切り出した断簡[だんかん]も多く伝存しており、鶴見大学図書館所蔵の古筆手鑑には兼良の花押を添えた奥書部分の断簡が押される。4行分のみが伝わるが、もとは1面8行書き。朱点や朱引きのほか、墨の頭注[とうちゅう]や傍注[ぼうちゅう]が多く書き加えられる。
展示ケース4
<源氏物語>4-1(前期展示)、4-2(後期展示)
室町時代 列帖装 45帖(15.7cm×15.2cm)
「桐壼」「空蝉[うつせみ]」「若紫[わかむらさき]」「賢木[さかき]」「松風[まつかぜ]」「柏木[かしわぎ]」「夕霧[ゆうぎり]」「匂宮[においのみや]」「夢[ゆめ]の浮橋[うきはし]」の9帖を欠く45帖が纏まって伝わる。室町時代の書写で各巻の筆跡が異なる寄り合い書きの写本。表紙は、藍色無紋で中央に金銀泥の下絵が施した題簽を貼り各巻の題を記す。巻尾に「天文十六(1543)年〈丁/未〉正月廿五日/蒲池近江守鑑盛〈在判〉/右筆以泉〈在判〉」と記す。「横笛[よこぶえ]」「東屋[あずまや]」「手習[てならい](部分)」「野分[のわけ]」は後世の補写だが、全冊同じ装丁[そうてい]であり後代の改装が想定される。
(冊替え)前期10/26~11/9、後期11/10~11/29
<光源氏系図[ひかるげんじけいず]>4-3(前期展示)、4-4(後期展示)
鎌倉時代末期頃 巻子 1軸(34.4cm×52.0cm)
『源氏物語』の作中人物の系図。のべ162名前後を略歴とともに掲載。「光源氏系図」と墨書した題簽を表紙左肩に添付(本文とは別筆[べっぴつ]。序や奥書は記されない。附属する二種の極札(畠山牛庵[はたけやまぎゅうあん]、古筆了任[こひつりょうにん]による)はともに二条為氏[にじょうためうじ](1222~86)を伝称筆者とする。源氏物語古系図の伝本の中でも古い写本であり、散逸した「巣守[すもり]」に関わる人物を多く記載するなど資料的価値も高い。料紙全面に墨流[すみなが]しの装飾を施す。
(場面替え)前期10/26~11/9 巻頭(巣守周辺パネル展示)、後期11/10~11/29 巣守周辺