古典文学とあそび ―謎をかける―
常設展示の一部のスペースを使って、古典文学とあそびをテーマに、当館所蔵資料等を展示いたします。
会期:平成27年3月12日(木)~平成27年5月中旬
平安時代の『枕草子』には、中宮が謎々合(なぞなぞあわせ)の思い出を語る場面があります。貴族は謎々を作り、優劣を競って楽しんでいました。文字を使ったあそびも盛んで、漢字を偏(へん)と旁(つくり)に分けて謎に仕立てたり、和歌に詠み込んだりしています。漢字の韻を使う「韻塞(いんふた)ぎ」も親しまれました。
中世に入ると謎々はさらに流行し、『徒然草』第103・135段などにも謎が見え、室町時代には天皇が「謎の本」を書いています。扇に限られたモチーフを描き、もとの和歌を当てさせる作品も多く作られました。
ことばや文字を用いたあそびは、絵画とも結びつきながら、現代に至るまで息長く楽しまれてきました。この展示ではその一部をご紹介します。
<源氏物語>
父である桐壺院が崩御し、密かに想い続けていた藤壺がその一周忌に出家する。後ろ盾を失った光源氏は政界に身の置き所がないままに、頭中将らと風流な遊びである韻塞ぎなどをして無聊を慰める。韻塞ぎとは、中古、貴族社会で行なわれた文学遊戯の一種で、古詩の韻字を隠しておき、それを互いに当てて勝敗を決する遊びである。本文には「またいたづらに暇ありげなる博士ども召し集めて、文作り、ゐむふたぎなどやうの、すさびわざどもをもしなど心をやりて、宮仕をもをさをさしたまはず」とある。
<改正大字徒然草絵抄>
『徒然草』にはいくつかなぞなぞの話が載るが、これは62段に見られるかわいらしいなぞなぞ歌のエピソード。本文は「延政門院いときなくおはしましける時、院へ参る人に御言付けとて申させ給ひける、ふたつ文字 牛の角(つの)文字 直ぐな文字 ゆがみ文字とぞ 君は覚ゆる、恋しく思ひ参らせ給ふとなり」これで全文である。延政門院は後嵯峨天皇の第ニ皇女。父君の御所に参上する人に託した歌で、答えは、ふたつ文字「こ」、牛の角文字「い」、直ぐな文字「し」、ゆがみ文字「く」、すなわち「こいしく」で、幼い皇女の父親を恋しく思う心が読み込まれている。
<扇の草紙(室町末期写)>
扇絵とそれにちなむ和歌を描いた「扇の草紙」と総称される作品群のひとつ。「扇の草紙」は、実際の扇絵を見せて画題の和歌を当てる"あそび"から生まれたもので、中世後期から近世前期にかけて、絵巻や絵本など盛んに制作・享受された。
展示品は断簡一葉を掛け軸に仕立てたもの。左下に手垢の跡が見え、もとは冊子本であったか。三首の歌はいずれも『新古今和歌集』秋部に収められ、三扇すべてに鹿を描く。同じ景物を揃えて描く例は「扇の草紙」には珍しく、意図的に鹿の絵あるいは和歌を集めたものであろう。
<扇の草紙(江戸初期刊)>
「扇の草紙」の整版本。展示頁の右上の扇絵は、漢の李広が虎と思い込み石を矢で射抜いたとする『史記』を原拠とし、『曾我物語』にも記される李将軍の武勇譚を描いたもの。刺さるはずのない石を射抜いた逸話から転じ、強い恋の思いを詠んだ和歌を付す。右下は、有名な『伊勢物語』第十二段の「武蔵野」の歌と絵。左下は、大伴家持の「かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞふけにける」(新古今・冬)の和歌により、橋のたもとに突き出る「傘」と中央の「鷺」を描くことで同音の「鵲(かささぎ)」を表現する。
<扇の草紙(江戸初期写)>
三十六葉いずれも同質の鳥の子紙に、淡彩で上品な扇絵が描かれ、扇形もほぼ同じ大きさであり、同一作品の断簡とみなされる。勅撰集所収の有名な古歌だけでなく、俳諧や謡曲にしか見出せない歌も付す。展示右下の蜘蛛の巣に引っ掛かる馬の絵様は、『徒然草』221段によれば、祭礼時の着物の文様にもされていた。二股をかける男に対し、蜘蛛の巣に荒れ馬をつなぐよりも繋ぎ止めがたいという女の思いを詠んだ歌は、嫉妬で女が鬼と化す謡曲「鉄輪(かなわ)」にも見え、17世紀前後に流布したようである。
<花鳥風月>
お伽草子『花鳥風月』は、絵扇の謎解きをおこなう扇合(おおぎあわせ)の物語で、「扇合物語」「絵合鑑(えあわせかがみ)」ともいう。萩原院(花園天皇)の御代、葉室の中納言の屋敷で扇合が行われた。公卿と口もとを覆う女房を描く不思議な絵をめぐり、在原業平とみるか光源氏とみるかで議論となり、羽黒山の巫女姉妹「花鳥」「風月」に口寄せで占わせる。姉妹に業平と源氏の霊が憑依し、描かれたのは源氏と末摘花と判明する。公卿たちが集まって絵扇を囲む挿絵から、当時の扇合の様子がうかがえる。
<なぞの本>
題簽(だいせん)「しんはん なぞの本 かはり/八幡町通 正本屋 七郎兵衛」。全12丁。第2丁欠。挿絵4図。蔵書印「をばま」[小汀利得(おばまとしえ)]。
元禄以前に類本がなく貴重。天理図書館と国会図書館にも所蔵されるが、落丁がある。そのうち当館のこの本は最古で、他本にない4丁を持ち、原初の姿に近いとされる。
挿絵では子供が炬燵(こたつ)で謎をかけて遊ぶ。「いろはほへと 鶏(には取り)」「角取りの上に鳶(とび)がもんどりうつ 人丸(角を取って丸、その上でトヒがひっくり返ってヒト)」など言葉遊びや中世風の謎を収録。
<祐信(すけのぶ)風俗画譜>
外題「祐信風俗画譜 巻之上(中・下)」。見返し「西川自得叟(にしかわじとくそう)祐信先生画/祐信風俗画譜/浪華(なにわ) 青木嵩山堂梓(あおきすうざんどうし)」。蔵書印「高橋蔵書」「稲葉蔵」等。
刊記には「寛延(かんえん)三年(1750)庚午(こうご)正月吉/明治三十年十月二十五日印刷/同三十年十一月一日発行」とある。序文は江嶋其碩(えじまきせき)ほか、西川祐信画。
上巻はいわゆる三段なぞを、挿絵とともに見開きで配する。冒頭の謎かけは「上手の象戯(しやうぎ)のさしぶりと 這出(はいで)の小女童(こめろ)が器量仕上たが同じ事 是を八年めの柿の木といふ」「心は よふなりました(良くなりました)」。