「春日懐紙(後期)」
常設展示の一部のスペースを使って、当館の新収資料等を展示します。定期的に展示替えを行いながら、源氏物語、奈良絵本等、様々なテーマを用意いたします。
会期:平成26年4月1日(火)~平成26年5月1日(木)
展示期間は、前期(4月1日~4月17日)、後期(4月18日~5月1日)となります。
「春日懐紙」をテーマに当館所蔵資料等を展示しています。
「春日懐紙」(後期)
春日懐紙は、鎌倉期に奈良春日社の神官などが歌会を催した際に使用した和歌懐紙群をいう。和歌懐紙とは、歌会に自作の歌を書き留めて持参するための料紙をいう。当時の春日社周辺の和歌懐紙がまとまって残されているのは、これらの紙の裏が万葉集書写の料紙として使われ、その万葉集の伝本が長く伝来したことによる。江戸期になり、再び裏の存在が注目され、冊子の綴じが外されて和歌懐紙の姿に戻された。したがって、春日懐紙の裏には必ず万葉集が写されており、しかも、冊子本であった痕跡として、真ん中に折り跡が有り、両端には綴じ穴が見られる。本来は、懐紙の裏には万葉集(春日本万葉集と呼ばれる)が写されていたのだが、和歌懐紙鑑賞の邪魔になるため、相剥ぎ(紙の裏と表を薄くはぎ取ること)によって除去されてしまった。現存が確認される春日懐紙は約160枚。当館は、そのうち31枚を所蔵している(うち、25枚は国指定の重要文化財)。
今期は、学詮、縁弁、素俊、明算の懐紙を展示する。
<学詮「春情在花」>
学詮は、経歴は不明。興福寺などの僧であったとおぼしい。鎌倉初期の奈良在住の歌人の歌々をあつめた『楢葉和歌集』に「学詮法師」と見える。学詮の春日懐紙は、8枚知られており、そのうち当館に6枚所蔵されている。「春情在花」を第一歌題とする懐紙は、他に7枚知られている。「見花忘帰」「花飛似雪」と続く春の三首題である。各歌一首三行書きであるが、三行目が下に付けて書かれる珍しい事例である。
<学詮「春情在花」裏万葉集(反転写真)>
この懐紙裏は、春日本万葉集巻7の1104から1118までの部分である。後ろの二行だけがはっきり見えるが、これは、1118の題詞と歌である。
詠葉
古尓有険人母□□等架弥和乃檜原尓挿頭折兼
春日本は、漢字で書かれた歌本文の右に片仮名で訓が付される方式になっている。鎌倉期の万葉集写本の典型的な書式である。この一首以外の部分は、ほとんど残っていない。これは、和歌懐紙として再び価値が見出された際に、裏の万葉集が目障りなのものとして、除去されたためである。万葉集の除去は、長い間小刀などで削られたと考えられてきたが、紙を裏表に薄く剥ぐ、いわゆる相剥ぎによったと考えられる。和紙は、斐紙のような高級な紙の場合、きれいに裏表に剥ぐことが出来るが、春日懐紙のような楮紙の場合は、必ずしもきれいには剥げない。当面の二行は、相剥ぎがうまく行かず、懐紙側に万葉集面が残ってしまったものと言える。
<縁弁「落花送春」>
縁弁は、経歴不明。南都周辺の僧であったと考えられる。縁弁の春日懐紙は、11枚。そのうち8枚が当館所蔵。「落花送春」を第一歌題とし、「款冬倍水」「霞中恋仏」と続く晩春の三首題である。この題の懐紙は、他には見られない。裏の万葉集は、巻13の巻頭から3224左注まで。この懐紙には、かなり明瞭に、他の懐紙の文字が鏡文字の形で映り込んでいる(墨映写真参照)。
<縁弁「落花送春」墨映>
右の縁弁懐紙の反転写真。春日懐紙は、使い終わった和歌懐紙の裏を利用して、万葉集を書写している。その際、和歌懐紙は、しわなどがあり、そのままでは書写の紙として使いにくい。そこで、水で湿らせ、杵で打って、しわを伸ばす(これを打ち紙という)。その際、紙の裏側が墨で汚れないように、懐紙面同士を内側にして、二枚一組にして打ち紙を行う。その際に、互いの懐紙面が映り込む現象を「墨映」という。
当面の懐紙には、「詠三首和哥」(ア)、「学詮」(イ)、「擣衣」(ウ)、「紅葉」(エ)、「菊花」(オ)などが明瞭に判読出来る。学詮のこの題の懐紙は現存が確認されない。つまり、この懐紙は、当面の懐紙の墨映にだけしか確認出来ない。
<素俊「千鳥」>
素俊は、春日懐紙歌人の僧侶の中で、唯一経歴が明確な人物。俗名は、橘家季。春日懐紙が書かれる少し前、嘉禎三年(1237)に南都奈良の歌人を中心とした私撰和歌集『楢葉和歌集』を編纂した。素俊の春日懐紙は、他に3枚知られている。そのうち1枚は当館所蔵。「千鳥」を第一歌題として、「寄枕恋」と続く二首懐紙は、他に4枚知られており、当館には中臣祐定、縁弁の同題懐紙がある。裏の万葉集は、巻8の1627から1633題詞まで。
<素俊「千鳥」墨映(反転写真)>
素俊「千鳥」懐紙の反転写真(下)と中臣祐定の同題懐紙(当館所蔵・上)である。素俊の懐紙には、上の祐定の同題の懐紙が墨映として映っている。特に、矢印で示した「詠千鳥」や「寄枕恋」の部分が鮮明に見える。二枚の懐紙は、同じ題と言うこともあり、まとめて保存されていて、打ち紙の際もペアになっており、万葉集として書写されたときにもすぐ近くに位置している(両方とも巻8)。
<明算「雪」>
明算は、経歴不明。南都周辺の僧であったと考えられる。明算の春日懐紙は、8枚。そのうち3枚が当館蔵。「雪」を第一歌題とし、「恋」と続く二首題は、他に2枚知られている。季節は、冬。この懐紙は、総題が「詠○首和歌」という一般的な形ではなく、「詠雪和謌」と、第一首の題を兼ねている。裏の万葉集は、巻13の3231から3236まで。
<縁弁「千鳥」>
縁弁の春日懐紙は、11枚。そのうち8枚が当館所蔵。「千鳥」を第一歌題とし、「寄枕恋」と続く二首題は、他に4枚あり、そのうち2枚は当館所蔵。裏の万葉集は、巻14の3411から3425左注まで。この懐紙の両端上方に左右対称に二つずつ穴が開いているが、これは、春日本時代の損傷のあと。巻14に特有のものである。当館所蔵の懐紙のうち、縁弁の「歳暮」、「松雪」、明算「深夜雪」の3枚が同じ特徴を持つ。
次回の特設コーナー:
「近世小説と作者たち」
会期:平成26年5月2日(金)~平成26年5月下旬頃 ※展示終了日は、決まり次第お知らせいたします。
「近世小説と作者たち」をテーマに、当館所蔵資料を展示する予定です。