『源氏物語』の二次創作 ー『源氏雲隠抄』ー

令和6年(2024) のNHK大河ドラマ「光る君へ」により、『源氏物語』が再び脚光を浴びています。江戸時代以前は写本(しゃほん)、すなわち手書きの一点ものとして作られたため、皇族や貴族といった限られた人々しか読むことができませんでした。しかし、江戸時代に入り印刷技術が発達して、承応(じょうおう)3年(1652) に絵入りの版本(はんぽん)(印刷本)が刊行されると、身分の低い一般の人々でも親しめるようになりました。その後、『源氏物語』の読者は増加し、香道(こうどう)や絵画の題材にも用いられるなど、広く教養として人々に親しまれるようになっていきました。
今回紹介するのは、版本が刊行される約100年前の天文(てんぶん)年間(1532~54)以前に成立した『源氏雲隠抄(げんじくもがくれしょう)』という作品です。本作は、後人(作者未詳。浅井了意作との説もあり)の手によって作られた『源氏物語』の続編、いわば二次創作にあたります。「雲隠六帖(くもがくれろくじょう)」とも称し、「雲隠」「巣守(すもり)」「桜人(さくらひと)」「法(のり)の師(し)」「雲雀子(ひばりこ)」「八橋(やつはし)」の全6巻から成ります。
現在知られている『源氏物語』には、主人公である光源氏の死が描かれていません。しかし、平安時代末期以来、光源氏の死を描いた「雲隠」という巻があったという伝承があります。この「雲隠」巻は、実際には現存しておらず、あくまで「そういう巻があった」という伝承だけが語られていました。『源氏雲隠抄』は、この伝承に基づき、同名の「雲隠」巻で光源氏の出家と死を描きます。つまり、伝説に過ぎなかった「雲隠」巻に、後人が実態を与えたのが本作です。作中では、光源氏は、十三回忌に亡き紫の上の墓参りをした後に姿を消したと語られます(図)。この他に、「巣守」巻では光源氏の孫にあたる匂宮(におうのみや)が即位し、「法の師」巻では光源氏の子(実は柏木(かしわぎ)の子)の薫(かおる)が出家するなど、『源氏物語』本編には描かれない、「宇治十帖(うじじゅうじょう)」の続きも語られます。なお、本作の本文は、岩波文庫の今西祐一郎編注『源氏物語補作 山路の露・雲隠六帖他二篇』(岩波書店、2022年12月) でお読みいただけます。
本作は上方と江戸で複数回刊行されました。今回紹介した国文学研究資料館初雁(はつかり)文庫蔵本(12ー473ー1~6)は、寛文(かんぶん)10年(1670)以前に刊行された上方版です。上方版と江戸版は、物語の内容は同じですが、挿絵などが異なります。当館の国書データベースでは、今回紹介した当館所蔵本などが高精細画像で公開されています。ぜひご覧ください。
(河田翔子)
<参考文献>
小川陽子『『源氏物語』享受史の研究 付 『山路の露』『雲隠六帖』校本』(笠間書院、2009年2月)
小川陽子「展示資料検討報告ー特別展示「物語の生成と受容」ー:「源氏雲隠抄」解説」(『物語の生成と受容』5、国文学研究資料館、2010年2月)
※今回ご紹介した「源氏雲隠抄」には以下のQRコードからアクセスできます。
文部科学教育通信2025年6月23日掲載記事より
