館長と古典インタプリタの対談

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国文学研究資料館 ロバート キャンベル館長×古典インタプリタの有澤特任助教

“古典インタプリタへの思い”

キャンベル: 有澤さんは大阪大学で研究をしていて、10月から「ないじぇる芸術共創ラボ」の古典インタプリタに就任しました。どのような思いで就任されたのでしょうか。

有澤: もともと古典と現代の生活との間にある溝を埋める仕事がしたいとは漠然と思っていました。大きなきっかけとして、陶芸家の菊池克さんとお話ししているうちに山東京伝の黄表紙※1を読んでおられるということを知って、とてもびっくりしました。菊池さん以外にもそういった古い作品からインスピレーションを受けているアーティストの方は他にもおられるのではないか、そういった方といずれお仕事ができたら素晴らしいなと思っていました。

“初めてのお仕事”

キャンベル: 古典インタプリタに就任し、2ヶ月がたちました。実際に働きながら思ったことを伺いたいのですが。

有澤: 古典インタプリタのお仕事の一つとして、広報のお仕事があります。初めてのお仕事が、「研究者に会いに行こう!」という、大学共同利用機関の研究機関がブースを設けて、来場された方をお迎えし、仕事や研究分野のお話をする催しでした。そこで、例えば、実は古い本に興味がある、家に古い資料がある、古い版本のレイアウトが好きだ、といった、色々なご意見を伺うのは本当に刺激的でした。一方で、色々な関心や背景を持った方に、ちゃんと適切なレスポンスができているのかを不安に思うこともあります。

キャンベル: 有澤さん自身がそれに答えられるかどうかということと同時に、答えるために、色々な情報や伝え方を考えてまとめて、作って、整備をしていかないといけないと思いますね。

“先鋭的な研究を体験”

キャンベル: 凸版印刷(株)がさまざまな文化資源を映像化し、VRやAR※2など色々な形でそれを展開する先鋭的な研究をしているので、有澤さんに飛び込んで体験をしてもらいました。どのような印象を受けたでしょうか。

有澤: VRの今までの作品をいろいろと拝見し、もちろん技術の新しさに本当に驚きました。ただ、それよりも、その技術をどのように使いたいか、それによってどこをどう見せたいのかのビジョンが先にあって、そのために色々な表現をしていると強く感じました。具体的には、日光東照宮の陽明門の彫刻を詳細に、普段見えない裏側の彩色まで見ることができる、高精細の美しいVRがありました。一つ一つの彫刻や絵にどんな意味があるか。信仰の対象ですので、その門自体もしくは東照宮の意味というところと直結する話です。ただ撮影してきれいな映像を作っているというだけではなくて、そのものが持っている何を引き出したいのかというところに、重点を置いておられるように拝見しました。

キャンベル: それがもともと持つ意味や由来、祈りの対象なのか、何かを学ぶ教材のようなものなのか。千差万別の事が考えられると思います。有澤さんがそれを見て、どういうところを新鮮に感じたのですか。

有澤: やはりお仕事としてなので、ご自分たちの意志だけでは成り立たないところがあります。発注主や所蔵者のご意志を、うまく擦り合わせていく必要がある。それを予算の中でどういうふうにするのかが、腕の見せ所であると強く感じました。作るところだけが仕事ではなくて、その前の段階でいかに希望を聞きだして、それに適した技術は何なのかを考えるというのが大事だと、お話を伺いました。もちろん技術的には何でもできますし、最新のものを使おうと思ったら使えるけれども、それは最善であるのかどうかという判断を、希望に沿ってその都度考えられて。

キャンベル: できる事をとにかく能う限りやることが、最善では必ずしもないということですね。

“アーティストやトランスレーターと接して”

キャンベル: 「ないじぇる芸術共創ラボ」では、アーティストやトランスレーター(翻訳者)と一緒に、共に古典籍の中を探索・探求し、様々な素材を切り出して、表現や物に生かしていくという仕事をやろうとしています。有澤さんがその中で要になる古典インタプリタとして立っているわけです。私たちもアーティストや翻訳者たちから、目指している所を聞き出し、問答を重ねていくことによって、求めているものに辿り着かねばなりません。アーティストとの接触、セッションを重ねていくことから、有澤さんの研究者としての向かい方、姿勢、あるいは主題の選び方に、何か変化が起きそうな予兆はありますか。

有澤: 私は18世紀後半から19世紀初頭にかけての戯作と呼ばれる小説と、絵画について、山東京伝を中心に研究しています。京伝は生涯を通じてヒット作を出し続け、第一線で走り続けた作者でした。その一方で、自分の生きている時代よりも、古い時代の文物に大変強い興味を示し、考証・研究を行っていました。私にはそれがとても大きな疑問でした。一見逆に見えるベクトルに一人の人が向かえるのか、矛盾なく全く逆に見えることを同調させているのがどうしてだろうかと。

キャンベル: 現在の世相や風俗を先端的に描きながら、一方ではそれとは逆方向の古代にまで及ぶ探究。

有澤: 「ないじぇる芸術共創ラボ」で、第一線を走っておられるみなさんが、古典籍を本当に新しい世界として新鮮に見つめ、自分の創作活動とつなげて発言をされていることを拝見し、もしかしてこういうことは人間の持っている本質的な欲求なのかもしれないと感じています。いつの時代であっても、第一線で活躍する、文化・文芸に精通した人は、古いものを捉えなおして、ちゃんと見つめて、自分たちの生きている世界に新しい表現として生み出していく営為がずっとあるものではないかと。そういう営為を間近で見続けることによって、考えが深まればいいなと思っています。

“古典を楽しむ”

キャンベル: 「ないじぇる芸術共創ラボ」が、今後どう育っていけばいいと思いますか。

有澤: 一番大きな願いは、やはり今まであまり古典の世界に関心がない、ちょっと苦手意識を持っていたけれど、実は面白いかもしれないと心を動かしてくださる方が増えればいいなと思っています。古典を学ぶ、それを読むということは、単なる知識を得るというように捉えがちであるなということが、日ごろから残念に思えていました。たとえば、お料理、装い、しつらいの中に見立てという仕掛けがあります。それをいろんな方がいろいろな場面で楽しんでいます。それと古典の世界は全く無関係ではないですし、それを知っていれば知っているほど、日常が楽しくなると思っています。

※1 黄表紙 江戸後期の草双紙の一種。ナンセンスな滑稽さが特色で、絵を主として余白に文章をつづった大人向きの絵本。

※2 VRやAR VR(仮想現実)はVirtual Reality(バーチャル・リアリティ)の略で、コンピュータグラフィックスや音響効果を組み合わせて、人工的に現実感を作り出す技術。ARは(拡張現実)とは、Augmented Reality(オーグメンテッド・リアリティ)の略で、人が知覚する情報をコンピュータにより拡張する技術、およびコンピュータにより拡張された現実環境そのものを指す。

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