ロバート キャンベル館長 × 古典インタプリタの有澤特任助教
【2度目の対談】 2019年1月、二年目を迎えた「ないじぇる芸術共創ラボ」のこれまでの取組や成果について語り合いました。対談のロングバージョンは、 こちらをご覧下さい。
“古典インタプリタへの思い”
キャンベル:
アーティストや翻訳家とワークショップ(以下、WS)を重ねたり、イベントをしたりしてきて、2年目にして成果が少しずつ出るようになりました。それをどういうふうに見ていますか。
有澤:
こちらからは順調に進んでいるように見えても、なかなか一直線には進まないものですね。たとえば先日、山村さんと長塚さん合同のWSを行ったのですが、長塚さんは、山村さんのアニメーション作品をご覧になって大変刺激を受けられて、違った観点からもご自分の取り組みを探る必要があるということを仰っていました。アウトプットをしてみて、様々な方との接点の中で揉んでは手放すことを繰り返す行程があるのだなと思いました。

“ラボの中でおこる化学反応”
キャンベル:
このラボを構想したときに、国文研が保有する数十万点の古典籍が素材として軸のようにあって、一人一人のアーティストたちが車のスポークのように真ん中に向けて
ダイブして素材を取ったり、インスピレーションを得、自分で戻ってそれを作っていくということを何となく想像していたんですけれども、全く想像しなかった化学反応が起きているの
に驚きましたね。
有澤:
そうですね、隣にいるアーティストが古典籍にどう向き合っているのかに興味を持っていらっしゃるように思いました。長塚さんは、山村さんが鍬形蕙斎(くわがた
けいさい)のことをすごく尊敬していて、そこがいいんだと、愛があるからいいんだということをおっしゃっていて。
“研究者との "共創" ”
キャンベル:
アーティストは研究者と違って、対象をそぎ落としていかないといけない、造形をしていかないといけないと感じたんですけれども。
有澤:
特に印象的だったのが、川上さんのWSです。『三度目の恋』が平安篇にいよいよ突入して、川上さんは当時の生活であるとか、どういう言葉を使っていたのかだとかを先生方に質問されたのですが、小説は梨子という現代に生きる女性の目線を通して書くので、それをそのまま書くわけではないんですね。たとえば、夫婦はお互いの事を何と呼ぶのかについて、先生方が古典籍から用例をお示しになった後に、じゃあその関係性を現代に置き換えたらどうしたらいいだろうとみんなで一緒に考えたのですが、先生方も頭を突き合わせて考えておられている。それがすごく印象的で、もちろん私たち研究者の立場としては原典の表記だとか、表現というのを尊重しなければいけないと思うのですが、先生方からも何の抵抗もなく様々な意見が出て。

キャンベル:
研究者として現代に生きているということなんですね。それを発見するだけでも面白いと思うんです。
“イベントでの "共創" ”
キャンベル:
皆さんを巻き込んで、色々なアウトプットイベントをしていますが、どういう意味があるというふうに考えますか。
有澤:
直近では京都で、マクミランさんが取り組んでおられる『扇の草紙』翻訳に関するイベント「デジタル発 和書の旅※1
ひるがえる和歌たち」を行いましたが、成果をお見せするだけではなくて、参加者の皆さんがすごく積極的に発言してくださって一緒に英訳を考えたんですね。研究者対アーティストだとか翻訳家ということだけではなくて、様々なバックグラウンドを持ったお客さまの意見だとか熱気を、WSに持ち帰ってもう一度検討しています。イベントでこういう事ができるのだなと思いました。

キャンベル:
そうですね、英語に一度置き換えることによって、こういう問題もある、こういう面白さがあるということが分かる一つのきっかけになっているような気がして、それもラボの、予期せぬ非常にうれしい一つの波及かなというふうに思っています。
“新AIR と接して”
キャンベル:
さて今年、公募と選考を経て、2人のAIRが加わりましたね。自分の創作に 使える大切な種がそこにあるのでは、と申請
してくれたのですね。国文学研究資料館は、とにかく「もの」と「知」がここにある、ということが強み だと思います。
有澤:
最初のWSでは、何種類もの版本も写本も、いろいろな大きさ形のものをご覧いただいて、活字で読むのとは全く違う世界がありますよ、ということとまず出会っていただきます。
キャンベル:
研究者ではない、でも第一線で活躍しているクリエーターたちが、こういう異次元だけどどこか懐かしいものに触れたときに、どういうふうに彼らの心や身体が動くとみていますか。
有澤:
身体と関わるところに注目されることが多いと思います。たとえば古典籍の手ずれに注目して「なんで、ここが黒いのですか」と質問されたり。昔からめくる時にはここを触るからです、と申し上げると感激されるのですが、自分と昔の人との身体が繋がるからではないでしょうか。

キャンベル:
それは、我々研究者にとって風景になっているようなことを気づかせてくれる、大切なことだと思いますね。彼ら彼女らの活動に併走することによって、普段は必ずしも浮き上がってこない問い掛けが、一人一人の研究者の中で浮かんで見えたりするというようなことが、何度かこの1年間に起きているようですね。
“古典インタプリタの仕事”
キャンベル:
今年に入ってWEBサイトから「古典インタプリタ日誌」が公開されましたが、何故日誌を書こうと思ったのですか。
有澤:
AIRやTIRの方々が普段から抱いておられる創作上のご関心があり、それがWSで研究者の考えと混じり合って、お互いに気づきがあるということが一番面白いと思っていますので、そこを知っていただかないと勿体ないと考えました。なるべく取捨選択をしないで綴るように心がけています。AIRやTIRの方がどのような文脈で考えておられるとか、それがどう重要なのかが最初はわからなくて。でもこちらがちゃんと受け止められないと、せっかく出てきた芽を無視してしまうことになりますので、皆さんの普段の活動も拝見して理解に努めつつ、だけどそれでもわからない部分もそのまま引っかかりとして残しています。
そしてやはり大事なのは、先生方のご研究です。お互いに真剣勝負のような形で、先生方が今まさに疑問に思っておられる、モヤモヤしたところを投げかけてくださっていますので、研究上の文脈や専門用語に立ち戻って、先生がおっしゃっていることを、正しく分かりやすく伝えることが日誌の意義だと思っています。
そしてやはり大事なのは、先生方のご研究です。お互いに真剣勝負のような形で、先生方が今まさに疑問に思っておられる、モヤモヤしたところを投げかけてくださっていますので、研究上の文脈や専門用語に立ち戻って、先生がおっしゃっていることを、正しく分かりやすく伝えることが日誌の意義だと思っています。

キャンベル:
古典インタプリタというものは、どなたがそのポジションに入るにしても、研究者 としての知見とノウハウを持ちながら、研究者
たちが今疑問として取り組んでいる課題を、単にそのまま外に発信するのではなくて、ほか の営為と結びつける役割です。こういうことを やり続けることによって、日本国内に限らず海
外に対しても、日本の古典籍の魅力や、全て 私たちにとって勇気になるような力を、発見し てもらおう、共有してもらおうということに繋が
ると、今日お話を聞いていて確信しました。
- ※1 デジタル発 和書の旅 凸版印刷株式会社と共同で行っている出張型イベントのシリーズ名。これまで、大崎市、立川市、京都市で開催した。