川上 弘美(小説家)
こちらのコンテンツはPDFでもご覧いただけます。 PDFへのリンクはこちら
小説『三度目の恋』完結記念座談会
1/8
日時: | 2020年3月2日(月) |
---|---|
場所: | 吉祥寺第一ホテル 楓 |
参加者(敬称略): | 川上弘美(小説家)、山本登朗(関西大学名誉教授・京都光華女子大学名誉教授)、小山順子(京都女子大学教授) |
進行: | 有澤知世(古典インタプリタ・国文学研究資料館特任助教) |
この座談会は、川上弘美さんが『婦人公論』において、48回(2018年1月23日号~2020年2月10日号)にわたり連載された小説『三度目の恋』の完結を記念しておこなったものです。 参加者の山本先生と小山先生は、ないじぇる芸術共創ラボ開始時より川上さんとの交流を続けてこられました。

はじめに
◆有澤知世(以下、有澤)
この度は『三度目の恋』連載の完結、本当におめでとうございます。
◆川上弘美(以下、川上)
ありがとうございます。
◆有澤
早速ですけれども、この連載をとおして、特に楽しかったことですとか、ご自身にとって新しかったこと、逆に苦労なさったことがありましたら、お伺いできればと思います。
◆川上
まず最初に申し上げたいのが、ほんとうにありがとうございましたということです。実際に資料をいただいたのもとてもありがたかったですし、何より山本先生、小山先生、それから有澤先生や小林先生、青木先生、藤島先生、岡田先生と直接お会いして話ができたというのが私にとってはとても刺激になりました。
文字の上だけの世界ではなく、絵で示してくださったり、人間の口を通してというのでしょうか、そうやって語っていただくとまた全然違う立体的なものになって、それですごくインスピレーションをかき立てられて、私も少しは『伊勢物語』の世界の中に入っていけたんじゃないかなというふうに感じられたので、大変だったことはほぼなくて。小説を書くのは大変なんですけどね、この交流に関しては楽しいことばっかりでしたね。
『伊勢物語』をモチーフにすること1

◆小山順子(以下、小山)
前の座談会2でも話題になりましたけれども、『伊勢物語』をモチーフにしたドラマや漫画、小説が『源氏物語』に比べてはるかに少ないのは、やはり短編で、エピソードはあるけれども大きな物語がないからだと思います。今回の2年間かけての長編連載ということで、川上さんご自身で埋めていかれたところが当然たくさんあるわけですけれど、長編化に当たってのご苦労といいますか、どういうところに意を払われたかということを伺いたいです。
◆川上
例えば源氏を映像化したり漫画化したりというのは、結局は『源氏物語』という元があるものをいかにして作者の作品にするかということだと思うんですけれど、今回私が行ったのは『伊勢物語』を小説化するということではなかったと思うんですね。『伊勢物語』の断片からその隙間を埋めるという方向へはあえて進まなかったんです。
そうではなくて、断片だからこそ想像をたくましくできるということを逆手に取って表現させていただきました。つまり『三度目の恋』は『伊勢物語』ではないと自分では認識しています。
◆小山
川上さんは以前から恋愛小説で、何か事件が起こらなくても、心の動きで何げないやりとりの中で色々なドラマがその中に生まれてくるっていうような様を描きたいとおっしゃっていた記憶があります。
今回改めて通して拝読しますと、特に夫婦の関係というものがとても繊細に描かれています。生矢と梨子が長い間夫婦を営んでいく上でのお互いの気持ちのすれ違いや、愛情が冷めたり復活したりというのが細やかに描かれてると思いました。その辺りは今回、川上さんが描きたいと思われたところなんですか。
◆川上
そうですね。私は小説を書くときに、計画は立てない方なんです。だからあの夫婦がどうなるかも、実はほとんど考えていなかった(笑)。ただ皆さんとお目にかかったときに、業平はどうしてこんなもてるのかということを追求したくて小説書くつもりですと言った覚えがあるのは確かです。業平の目ではなく周りの女たちの目から見るという、女視線で書くということをだけは決めていました。
そして書いているうちにどんどん自分でも分かってなかったことが分かってきて。それも梨子と生矢と現代の夫妻だけだったらもっと深くまではいけなかったんですけれども、江戸と平安の男女の恋愛をいくつか梨子の目を通して見ていく。そうすると、平安ってもう想像も付かない、社会制度も人間関係も今とは多分かなり違う社会だったのだなということが書くうちに、先生方に教えていただくうちに、分かってきて、もっとずっと男女の関係性が広がった感じがしたんです。平安のパートは、書けば書くほど視野が開けてゆく気がして、山本先生のご指摘の22から483という長い平安期となりました。この分析はすごい、さすが山本先生。
◆山本登朗(以下、山本)
ざっくり数えただけですけど。
◆川上
でもまさにこの長さがわたしの没入を表しているんだと思います。
◆小山
平安時代の結婚制度について、連載開始の前後から、川上さんご自身の納得がいかないとおっしゃっていたと記憶しています。一夫多妻制度の中で正妻がどんな気持ちでいるのかなど。
◆川上
全然分からなかったです。
◆小山
「納得がいかない」とおっしゃっていたので、平安篇になってそれがどうなるかっていうのを私も一番関心を持って読んでいました。読み進めるうちに、こういう形で納得されたのかな、こういうところを川上さんの落としどころとして見付けられたのかなというのがよく分かった気がしました。
◆川上
ありがとうございます。もしこれは間違っているということがあったら後で教えてください。
◆山本
そんなややこしいことは言いません。
- 1 なお、『3度目の恋』連載中におこなったインタビュー「『三度目の恋』執筆秘話―『伊勢物語』のかかわりについて―」(2018年12月4日実施)もWEB上で公開している。
(https://www.nijl.ac.jp/pages/nijl/artist_contents/kawakami/kawakami_interview_301204.html) - 2 2018年3月6日におこなった座談会。(https://www.nijl.ac.jp/pages/nijl/artist_contents/kawakami/ise_taidan/index.html)
- 3「第1回~第8回…現代のみ、第9回~第21回…現代・江戸、第22回~第48回…現代・平安、次第に倍増していますが、これには何か意図が?」という、山本先生の質問。なお、本座談会に先立ち、各発言者から質問票を提出していただいた。