川上 弘美(小説家)
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「座談会:『伊勢物語』の魅力を語る」
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日時: | 2018年 3月 6日 | ![]() |
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場所: | 国文学研究資料館 | |
出席者: | 川上弘美(小説家)、ピーターマクミラン(翻訳家)、山本登朗(関西大学教授)、藤島綾(都留文科大学非常勤講師)、黄昱(国文学研究資料館機関研究員) | |
司会: | 小山順子(国文学研究資料館准教授[対談当時。現在は京都女子大学教授]) |
2018年 3月 6日、国文学研究資料館で、小説家の川上弘美さんと翻訳家のピーターマクミランさんをお招きして、『伊勢物語』について語る座談会を開きました。お二人は国文学研究資料館AIR・TIRとして、ないじぇる芸術共創ラボのプロジェクトに参画してくださっています。
また、お二人とともに、『伊勢物語』研究者として活躍なさっている山本登朗先生(関西大学教授)と藤島綾先生(都留文科大学非常勤講師)にも同席していただき、学術的な面からも様々なお話を伺いました。また、当館の基幹研究「鉄心斎文庫伊勢物語資料の基礎的研究」(注1)に関する業務を担当している黄昱機関研究員も、座談会に参加しました。司会は、資源活用推進室(注2)副室長の小山順子准教授(当時。現職は京都女子大学教授)が務めました。
なお、対談中で「前回」という言葉が出てきます。これは、この対談に先立って2018年1月30日に、川上さん・山本先生・藤島先生・小山に有澤知世特任助教を加えたメンバーで開いたワークショップのことを指しています(この時のワークショップの模様は、古典インタプリタ日誌「伊勢物語はなぜ人気があるのか?」https://www.nijl.ac.jp/pages/nijl/diary_contents/kawakami_300130.pdfに報告があります)。また、対談に臨むにあたり、事前に川上さん・マクミランさんのお二人には、お気に入りの章段を伺いました。

はじめに
(小山)今日は座談会と言ってもざっくばらんなフリートークで進めたいと思っていますのでどうぞよろしくお願いします。
(一同)よろしくお願いします。
(小山)川上さんとマクミランさんは、今日が初対面です。お二人を『伊勢物語』との関係からご紹介します。川上さんは日本文学全集03で『伊勢物語』(河出書房新社、2016年1月)を翻訳され、短編集『なめらかで熱くて甘苦しくて』(新潮社、2013年2月)所収の「ignis」や、現在「婦人公論」に連載されている小説「三度目の恋」で、『伊勢物語』をモチーフにされています。マクミランさんは英訳の『伊勢物語』(“The Tales of Ise”Penguin Classics)、これが2016年、2年前に出されたものですね。
(マクミラン)はい。
(小山)マクミランさんは『百人一首』の翻訳には随分以前から取り組んでいらっしゃるのですが、『伊勢物語』の翻訳を2年前に出版されました。この英訳には山本先生もご協力をされたということで。
(山本)はい。
(小山)今日は事前にお伺いしたお二人の好きな章段を中心に、どういうところに心が惹かれるのか、それを現代語訳・英訳されるに当たってどのような工夫をされたのかという点について、お話を伺いたいと思います。また、専門家の山本先生や藤島先生に何かご質問があれば、この機会に聞いていただきたいと思います。
1、伊勢物語との出会いと魅力
(小山)最初に、どうして『伊勢物語』を取り上げて「ignis」のモチーフにされたのかということをお伺いできますか。
(川上)私は人間関係について小説に書きたいといつも思っています。その中でも恋愛は、ことに濃い関係性を持つもの。恋愛小説をいくつか書くうちに、ある日『伊勢物語』を読んだら、恋愛の原型が全部ここにあったのです。
『伊勢物語』を読んでいくと、恋愛のさまざまなエッセンスが凝縮されている。恋愛小説の原型がここにはつまっているのだと思いました。少ない言葉なのに、一段の中に短篇一つの情報量があるんです。もう自分が何か加える必要はないのではと感じつつも、反対に『伊勢物語』に栄養を与えてもらった気持ちにもなり、『なめらかで熱くて甘苦しくて』の「ignis」を書きました。
(小山)最後に「参考:『伊勢物語』」と書かれています。
(川上)はい。直接の引用はありませんが、『伊勢物語』に親しんでいる方は分かって下さるだろうなと思います。
(小山)そうですね。種明かしのような形です。私も『なめらかに熱くて甘苦しくて』の中に『伊勢物語』をモチーフとした短篇小説が入っているらしいという情報を得て、「どれだろう」と思いながら読んでいて、「これだな」と思いました。けれどすごくひそやかと言えばひそやかだし、分かって読んだら「これは間違いなくそうだな」と分かる。「本当にこれで合っているのかな」と思いながら読み進めて、最後の記述で「やはり合っていた」と腑に落ちる形で拝読しました。
言葉が少ないけれども色々なことが書かれているという点については、ちょうど川上さんがお好きな章段として挙げてくださっていたほとんどが、恐らくそういった章段だったように思いますので、そのあたりは後で詳しく伺いたいと思います。
マクミランさんはいかがでしょう。いつぐらいから『伊勢物語』に興味がおありでしたか。
(マクミラン)10年くらい前ですかね。私が興味を持っていたのは、歌物語という、これは後でできた言葉だそうですが、歌をメインとしたもので後で話を付けていくという考え方がとても魅力的だと思っていたのです。翻訳する前にそんなに読んだりしていないので、読んでいくうちにそれこそ恋愛百景みたいな、たくさんの恋愛の場面が出てくることに気付いて、それもまた素敵だなと思いました。最初は、歌があって、それに基づいて話を作っていくのは、とても詩的で美しい世界観だなと思いました。
(小山)では、内容そのものというよりも、和歌と文章との関係というか、フォーマットの方に関心を持たれたのですね。
(マクミラン)普通、物語ですと、私たち西洋ではあまり歌や詩は考えないのです。この話のメインが歌でも物語が成り立っているという、そういう世界観、美意識がとても優れていて素敵だなと思っていました。