書物には、その本が著述されたそもそもの目的やその本が属するジャンルを越えた、さまざまな人間の営みや生活がたたみ込まれている。たとえば日本文学のジャンルに属する『万葉集』は和歌集であるが、収められた歌には200近くの植物が詠まれていて、そこにはどのような植物なのか同定が困難なものが数多く含まれていて、現在も科学史家たちによる研究が続けられている。文学作品や絵画に描かれた住まいについても同様で、住居の構造を記録しておくことが作品の目的でないばあいでも、そこからある時代の人びとが生活した家屋がどのようなものであったかを読み取ることができる。
書物や記録がもつこうした後世へ情報を伝えるはたらきを柳田国男は「計画記録」と「偶然記録」という呼び方で区別し、「文字を筆者の計画した以外の問題を明らかにするため援用する」「偶然記録」の利用を推奨している(「郷土研究と文書史料」、『郷土生活の研究法』1935年)。たとえば『東海道中膝栗毛』を用いて「馬方の道義観念」という問題を明らかにすることを柳田が例としてあげているように、あらゆるテクストや図像には「偶然記録」が含まれている。それは、科学史や建築史といったすでにある研究分野にとっての「偶然記録」であるばかりでなく、まだ出現していない分野の「偶然記録」でもある。
総合書物論では、日本に伝えられてきた夥しい書物を対象として、それらを「偶然記録」として活用し人文学をより豊かなものにしていくための多分野の協業を通したさまざまなアプローチを探究する。柳田も述べているように、ある時代に当たり前であったことをその時代に属する人びとはわざわざ書き残したりしない。「偶然記録」を手がかりにしてそれらを明らかにするにはどのような手続きや方法が必要となるのか、個別の研究分野を越えた取り組みから学んでいく。
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