令和4年9月17日、AIR染谷聡さんを講師に迎え開催した
「ものがたりを保存する ~漆でつくる時間封筒(タイムカプセル)~」
の様子を報告します。
ワークショップ当日の様子がわかるミニムービーを公開!
第一部 古典籍をコラージュしよう!
◇オープニングトーク 漆と古典籍を学ぶ
講師の染谷聡さんはまず、この公開ワークショップを構想した契機について語りました。漆紙文書と、見立て※1、
綯
い
交
ぜ※2など戯作の手法、『
小紋
雅話
』、『
見立
百化
鳥
続編
』といった文字と絵の連想や組み合わせによってものごとを表現し、機知に富んだ見立絵本など、研究者とのコミュニケーションの中で触発を受けた数々の発想をお話しくださいました。
ワークショップの第一部では、参加者の皆さんに古典籍の画像をコラージュし、封筒をデザインする作業を行っていただきますが、作業に入る前に、コラージュの素材として染谷さんが選んだ古典籍について、古典インタプリタの黄が解説し、染谷さんに選定の理由を伺いました。選ばれた古典籍には、
鍬形
蕙斎
の『
略
画
式
』シリーズや、『
光琳
百図
』といった優れた図案の絵本類もあれば、『
伊勢
物語
』や『
一休
骸骨
』、『
往生
要集
』など物語性を持ち、文字と絵を両方楽しめる作品もあります。模様とものがたり、多様な視点からコラージュできるように古典籍の画像を選定したという染谷さん。実際に、参加者の手によって、人物、動植物や景色を想像たくましく配置し、自分なりのものがたりを見事に作り上げたコラージュ作品が次々と現れたのも、狙い通りといえましょう。
- ※1:対象をほかのものになぞらえて表現する手法。
- ※2:いろいろなものを混ぜ合わせてひとつのものに作り上げる手法。
◇古典籍の画像を切り貼りし、オリジナルのコラージュ封筒をデザインする
当館地元の立川市にある紙の専門家、福永紙工さんの監修のもと、選りすぐられた紙に特殊インクで印刷された、高精細な古典籍画像のシートを10枚用意し、参加者の皆さんに好きな模様を選んで、封筒の台紙に切り貼りしてコラージュしていただきました。切り貼り作業は最初には順調に進んでいましたが、実際に封筒に貼ろうとなる時、一つのデザインに決められず、皆さんはかなり悩みました。そこでものがたりを作り始め、あるいは模様の連想で組み合わせを考案し、さまざまな試行錯誤が繰り返されていました。
第二部 漆紙封筒をつくろう!
◇センタートーク 視覚、嗅覚、触覚で漆を知る
染谷さんは漆の基本知識について解説し、第一部で制作したコラージュの封筒を漆でコーティングする手順を説明してくださいました。
昔は漆を採取する時、「
養生
掻
き」という、漆の木を育てながら少しずつ漆液を採る方法が行われましたが、今は採取量を増やすために、漆を完全に採取してから木を伐採する「
殺
し
掻
き」の採り方が主流だとか。その独特の野性的な匂いを嗅ぎながら、漆は生き物だと改めて考えさせられた時間でした。
◇漆でコーティングし、漆紙封筒をつくる
古典籍のさまざまな図様でコラージュした封筒を漆でコーティングし、漆の保存力を利用して、未来に残すオリジナルの
時間
封筒
を作りました。時間の余裕がある方には、主催者が事前に用意した白紙の便箋にも漆を塗り、コーティング作業を行っていただきました。便箋に漆であそび心溢れたデザインを施した方もいらっしゃい、コラージュ作業でスイッチオンの創造力がどんどん新しいアイディアを生み出したようです。
漆は乾くまでに時間がかかりますので、会場で一旦皆さんの作品を回収し、一週間ほど預けて、乾燥後に郵送することにしました。
第三部 みんなで鑑賞&アフタートーク
ワークショップの最後に、フリートークのお時間を設けました。自由参加ですが、会場の皆さん全員が残ってくださり、お互いの作品を鑑賞したり、染谷さんに質問したりするなど、大変楽しいひとときとなりました。
「遊び」や「飾り」といった趣向を糸口に作品世界を展開してきた染谷さんは、日本の古典文化にこのような遊戯的思考が生まれた土壌について掘り下げたいという思いで、ないじぇるに参加されました。今回の公開ワークショップは、染谷さんの関心点とないじぇるで出合った古典籍との共鳴によって生まれた、あそび心満載の「実験」でした。それを可能にしたのは、高精細なデジタル画像を公開している新日本古典籍総合データベースの存在です。古典籍は研究のための資料のみでなく、使い方によっては誰でも簡単に手にすることができる、新たな創造力を掻き立てる文化資源であることを、改めて実感できたイベントとなりました。
漆に保護されることで千年の時を超えて遺存した古代文書――漆紙文書と、いにしえの人々が造り、読み、広め、そして現代まで伝えてきた古典籍と同じように、この
時間
封筒
は、参加者の皆さんのものがたりを記し、誰か大切な人、あるいは未来の自分にその記憶を伝える手立てになれば、この上ない幸せです。
公開ワークショップでコラージュの素材として使った古典籍の画像は、以下のリンクからダウンロードできます。ぜひお家でご自由にお使いください。
鍬形
蕙斎
『
鳥
獣
略画
式
』
鍬形
蕙斎
『
人物
草花
魚貝
略画
』
鍬形
蕙斎
『
山水
略画式
』
尾形
光琳
画、
酒井
抱一
編『
光琳
百図
』
日本が誇る自然素材である漆は、非常に強い耐性を持っています。たとえば、漆の保護作用によって、千年の時を超えて貴重な資料を伝える「
漆紙
文書
※1」というものもあり、本ワークショップにインスパイアを与えてくれました。
今回は、「ないじぇる芸術共創ラボ」のアーティスト・イン・レジデンス(AIR)の漆芸家、染谷聡氏を講師に迎え、紙によるクリエイティヴィティーを追求する福永紙工(立川市)の監修のもと、選りすぐられた「紙」に高精細の「古典籍※2」画像を印刷したシートを素材に自由にコラージュして封筒を作ります。
さらにそれを「漆」でコーティングし、参加者オリジナルの時間封筒(タイムカプセル)を作る体験型ワークショップを開催します。
漆芸の表現と古典的思考との可能性を探索し制作や調査を行っている染谷さんのお話を聞きながら、古典が記録したいにしえの書物の「記憶」と、手紙が伝える今を生きる我々の「記憶」のコラージュを、皆様の手によって生み出される驚きと感動をお楽しみください。