アーティスト
染谷 聡 (美術家/漆芸)

Photo:Takeru Koroda
<プロフィール>
東京都生まれ。2014年京都市立芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了 博士号(美術)取得。
品物がもつ物語に関心があり、漆のシンボリズムに着目。主に漆芸の「加飾」にみられる技法や意匠を〈行為〉や〈読み物〉としての視点から広義にとらえた作品制作や調査を行なう。最近の展示に、「根の力」(大阪日本民藝館、2021年)「札幌国際芸術祭2020特別編」(北海道立近代美術館想定、2020年)、「DISPLAY」(MITSUKOSHI
CONTEMPORARY GALLERY、2020年)など。2015年京都市芸術新人賞受賞。
<就任期間>
2021年4月~
「アーティストおすすめの古典籍」
①『小紋雅話(こもんがわ)』

古典籍でまず紹介したいと思うのは、山東京伝の『小紋雅話』です。京都市立芸術大学で手掛けた博士論文の研究内容のひとつで、このアーティストインレジデンスに応募するきっかけにもなった古典籍です。
『小紋雅話』は小紋の意匠がたくさん載っている本ですが、そこに描かれている意匠はとてもユニークで、日常的な視点が洒落やもじりといった遊び心とともに見事に模様に落とし込まれています。それらは目で見て愉快なのはもちろんですが、模様の意味を知ることによってより面白みが増していきます。つまり、模様が視覚的な効果だけにとどまらずに、読み解くべき背景や奥行きがあるものとして存在しているのです。
『小紋雅話』では、模様が本来持っていたであろう「読み物」としての役割がユーモラスかつわかりやすく描かれているのです。
模様を見て、読んで。当時の人たちが何を楽しんでいたのかが写し出されているようで、見ていて飽きません!
新日本古典籍総合データベース②『本朝酔菩提全伝(ほんちょうすいぼだいぜんでん)』

もう 1 冊も山東京傳の書籍から『本朝酔菩提全伝』を紹介したいと思います。
本書はないじぇるのワークショップの中で紹介していただきました。その中の「髑髏」もしくは「骸骨」というモチーフから読み解ける意味とその変化、使われ方がとても面白いです。
一般的に、髑髏模様と言えば「死」のようなネガティブな印象を与えると思います。しかし、本書の主人公である野晒悟助が髑髏模様の衣装を纏っていたことで、髑髏模様のイメージが「死」から「善」なるものに変化するということが当時おこりました。
さらに興味深いのが、本書の影響で髑髏模様が「善」を象徴する記号として共通認識されたことで、その後の書物では何の脈絡もなくとも、登場人物が挿絵で髑髏模様の衣装を纏い始めたら、それは「善人キャラ」に変化したことを意味するのです。
書物に見られる挿絵の衣装の模様にさえも物語を読み解く役割を与えていることには驚かされますし、その模様の在り方は興味深いと思います。
また、同書の口絵の地獄大夫の容姿(用紙)をめくると骸骨が描かれている遊び心も必見です!
「ないじぇる芸術共創ラボにおいて取り組んでみたいテーマ」
「あそび」の考察というテーマで本レジデンスに参加しました。これまでのワークショップを経て、日本文化における「縮小」と「写し」への関心が高まっています。
例えば、『鉢山図絵』では、東海道五十三次の景色をミニチュアとして鉢植えに再現することで、屋内に飾れるようなパーソナルなものに変換しています。景色という持ち運べないものを「縮小」して愉しむ趣向は興味深いです。それらは、盆栽や水石の在り方とも似ているし、器物に模様をつける行為にも通ずるように感じられます。
他にも、古典籍をいろいろ見せていただくと、過去の物語や絵図を「写し」ているものが見られます。それらは、「やつし」や「見立て」の思考のもと深い文脈で継承されているものもあれば、元絵を写してゆく過程で、ズレたり、簡略化されたり、下手になったりという写し間違いのようなものもあります。このような「(広義の)写し」の流れを辿ってゆく面白さにも惹かれています。
古典籍に触れ、研究者のみなさまのお知恵をお借りしながら、「縮小」と「写し」に見られる「あそび」についての考察を深めてゆければと思っています。