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アーティスト

長塚 圭史(劇作家、演出家、俳優)

長塚 圭史(劇作家、演出家、俳優)
<プロフィール>

東京都生まれ。1996年「阿佐ヶ谷スパイダース」を結成、作・演出・出演の三役を担う。2004年、芸術選奨文部科学大臣新人賞、2006年、読売演劇大賞優秀作品賞を受賞。2008年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の2011年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動。近年の舞台作品に、新ユニット「新ロイヤル大衆舎」による『王将』(構成台本、演出、出演)、『かがみのかなたはたなかのなかに』(作、演出、出演)、『ハングマン』(演出)、阿佐ヶ谷スパイダース『MAKOTO』、『セールスマンの死』(演出)、こまつ座『イーハトーボの劇列車』(演出), 『アジアの女』(作)、阿佐ヶ谷スパイダース『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡~』(作、演出、出演)、『常陸坊海尊』(演出)など。2019年度よりKAAT神奈川芸術劇場の芸術参与に就任。

<就任期間>

2017年10月~

ないじぇる芸術共創ラボでの主な活動

山東京伝(1761-1816)の黄表紙(江戸時代に出版された、大人向け絵入読み物)をテーマに、数人の俳優や江戸時代文学の専門家とのワークショップのなかで、古典籍が持つ時間軸と、それをひらく身体性は、演劇でどのように表現し得るのか、様々な実験を続け、新作戯曲『KYODEN'S WOMAN ~アナクロニズムの夢』を完成させました。

ないじぇる芸術共創ラボでの成果

演劇ワークショップについて

長塚 圭史さんへの5つの質問

長塚さんがないじぇる芸術共創ラボに参加してくださってからおよそ1年が経過しました(2018年12月時点)。
現在取り組んでおられること、ラボに参加して感じたことなどについて、古典インタプリタがたずねました。

Q1.「ないじぇる芸術共創ラボ」の中で取り組んでおられるテーマを教えてください

A. 江戸時代に突如として現れた黄表紙。短いながらもその滑稽で世相を鮮やかに映し出した世界を、演劇の目を通して覗き見し、実際に手に触れられる本の感触、そして戯作者自身の物語への介入(登場)を切り口に、俳優と共に立体化を模索する。

Q2. 「ないじぇる芸術共創ラボ」で最も印象に残っている事柄(WS内容や資料、人物、イベントなど何でも)は何ですか

A. 黄表紙というテーマを選ぶ前に、様々な分野の先生方に講義をしていただいたこと。源氏物語、和歌、和本の歴史、蔵書印、芝居本、絵巻物など。どれも新鮮であった。とりわけ研究者の皆様の情熱に心を打たれた。

Q3. 「ないじぇる芸術共創ラボ」に参加して、ご自身の創作活動にどのような影響がありましたか

A. 全く知る機会のなかった黄表紙、そして戯作者について考えを巡らせるようになって、江戸時代への視線が極めて身近になった。

Q4. 「ないじぇる芸術共創ラボ」に期待することは何ですか

A. どのようにしてこうした優れた機関があることを認知させることが出来るのか、引き続き模索して欲しい。

Q5. 「ないじぇる芸術共創ラボ」に参加した感想や今後の抱負についてお聞かせください

A. 3日間ほどみっちりと講義を受け、次回を含めると年4度、合計約12日間俳優と共にWSで黄表紙の世界と向き合った。研究者の先生方にガイド(解説)をして頂きながら読み進めるとその世界の細部が鮮やかになり、豊かな世界が広がってゆく。そもそも黄表紙そのものをポイと渡されてもその面白さをしっかりと受け止めることは難しい。また絵はあるものの、現在の漫画本のように易々と読めるものではない。大人の絵本というように、隠された情報をのんびりニヤニヤと読み解いてゆくものなのだ。しかししっかりと声に出して音読することで黄表紙の世界は立体感をあらわにする。当時の口語が多く記された黄表紙は、音読することでより身近になるということが明らかになった。また俳優たちも共に研究者の方々からの細部の解説を聞くことにより、それぞれの理解も深まって一層その成果は明らかになったと言って良い。は、音読することでより身近になるということが明らかになった。また俳優たちも共に研究者の方々からの細部の解説を聞くことにより、それぞれの理解も深まって一層その成果は明らかになったと言って良い。
山東京伝の「江戸生艶気蒲焼」「心学早染艸」などはちょっとした劇仕立てに作り掛けたが、まだ演劇で持って作品を紹介する程度にしか辿り着けない。かと言って演劇性を獲得するために、台詞部分だけをピックアップしても、今度は演劇的な創作性や工夫ばかりが前に出て、肝心の内容がハッキリせず、核心から離れてゆく。そもそも優れた絵師によって描かれた黄表紙の世界を、その絵以上に立体化することの難しさは並大抵のものではない。
現代から覗き見た山東京伝の世界を演劇化するために、今度は作品世界だけではなく山東京伝という人物に迫り、またそれを読む研究者たちや、この機会に初めて出会った我々の目線そのものを劇に活用できないか。それは例えば一冊の本を囲んだ、山東京伝、研究者、我々、登場人物たちの会話劇という形には出来ないのか。この創造ラボでまたもう少し角度を変えてこの黄表紙世界をもう一度見つめ直していく。

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