文部科学教育通信「国文学研究資料館──古典への誘い」

『富士の人穴』

『富士の人穴(ひとあな)』という、なにやら怪しげな名称をもつ物語がある。『富士の人穴草子(ひとあなぞうし)』などともいう。室町物語(むろまちものがたり)と呼ばれる、室町時代後期から江戸時代初めにかけて、数多く作られた短編小説の中の一つである。室町物語『富士の人穴』には、さまざまなバリエーションがあるのだが、内容は富士山の人穴洞穴の探検物語である。

掲げた本の画像は、国文学研究資料館が所蔵する、「富士の人あな」のタイトルがつけられた、上中下の三冊本である。室町物語らしく挿絵をともなっている。彩色され、良く整った絵である。本文の筆跡も美しい。

本書のあらすじを紹介しよう。

鎌倉幕府第二代将軍、源頼家(みなもとのよりいえ)は、まだ誰も中を見て帰ってきたことのない「富士の人穴」の探検を、勇猛で知られた御家人、「和田の平太(へいた)」(和田義盛(よしもり)の甥、和田胤長(たねなが)のこと)に命じる。決死の覚悟で洞穴に入った和田の平太だったが、暴風に吹き戻されてしまう。

続いて褒美の所領に惹かれて「仁田(にった)の四郎ただつな」(仁田忠常(ただつね)のこと)が人穴探検に志願する。仁田が穴の中に入って進んでいくと、大蛇に出会う。大蛇は若い男性に変身する。彼に案内されて、仁田は六道(ろくどう)世界をめぐる。六道の中でも地獄がとりわけ詳しく示される。画像は、その地獄が描写された挿絵の箇所である。大の字にされて釘打たれる女や、舌を抜かれている男などが描かれ、手をかざしてそれを眺める仁田がいる。カラーでお見せ出来ないのが残念だが、当館サイト内の国書データベースを介して簡単に見ることができるので、ぜひご覧いただきたい。

「古典をすべての人のものに」を合言葉に、私たちは日々活動を進めている。

この物語は、荒唐無稽なお話ではない。『吾妻鏡(あづまかがみ)』の建仁(けんにん)3年(1203)6月3日の記事に、第2代将軍源頼家の命令で、仁田忠常が、富士山の裾野にある人穴と呼ばれる著名な洞穴を探検した、という記述がもとになっている。『吾妻鏡』は鎌倉幕府の公式歴史書である。

「人穴(ひとあな)」は、富士の麓にできた溶岩洞穴の一つで、江戸時代の富士山への庶民信仰である富士講(ふじこう)において、聖地として崇められた。静岡県富士見市人穴―こちらの「人穴」は地名―に、「人穴富士講遺跡」として現存し、富士山がユネスコ世界文化遺産に指定された際、その25の構成資産・構成要素の一つとなった。予約をしておくと、案内付きで中に入ることができる。「富士の人穴」は、霊峰富士の麓に、今も息づいている。

(国文学研究資料館長 渡部泰明)

人穴の写真(内部より入口部分を見上げた写真)

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文部科学教育通信2026年3月23日掲載記事より