青山 英正(国文学研究資料館共同研究委員会委員、東京大学准教授)
本書は、江戸時代の美濃の宿場町加治田(かじた)で酒造業や両替商を営んだ豪商平井家の第八代当主 冬音(ふゆね)とその歌仲間たちが、上方地下歌人たちから受けた通信添削を取り上げたものである。著者の神作(かんさく)研一氏には『近世和歌史の研究』(角川学芸出版、2013 年)の専著があり、本書はその第一部第二章「元禄の添削」および第三章「点者としての水田長隣」の内容をおもに踏まえつつ、豊富な図版を新たに加え、かつ添削を受けた冬音ら和歌学習者の側に寄り添うことで、江戸時代の一地方で和歌を愛好した人々の息づかいが一層伝わってくる一書となった。
本書の構成は次の通りである。氏はまず、冬音らの歌学びの背景に平井家の歴代当主たちの詩歌連俳にわたる文芸愛好があったことを、「一 美濃加治田平井家歴代の文芸愛好」において示す。次いで「二 江戸のみやび」において、平井家の中でもとりわけ和歌を愛好した第八代冬音に焦点を絞る一方で、江戸時代の上方(かみがた)と地方との関係をめぐる文化史および和歌史を広く俯瞰し、冬音のような地方の豪商による歌学びの動機と方法とをそれらの中に位置づける。
こうして、冬音ら加治田の和歌愛好者たちとその指導に当たった上方地下(じげ)歌人たちの営みとを歴史の大きな流れに定位した上で、以下の章において、平井家に残された加点詠草(添削の施された詠草)というモノに即して通信添削指導の実態に迫ってゆく。すなわち、まず「三、加点詠草一覧」で加点詠草六十二点の全体像を示し、続く「四、点者たち」で添削を施した七人の歌人の事績を一人一人紹介した上で、最後に「五、上方地下の通信添削」において、現存する原詠草に即して添削の実態を浮かび上がらせる。巨視的視点と微視的視点とを柔軟に切り替えながら、詠草一点一点についての資料的検討とそれらの成立過程の推定を経て、詠草に関わった人々の姿がおのずから髣髴とする論の運びである。
さて、このようにして生き生きと再現された冬音らの歌学びの中でもとりわけ興味を引かれるのは、氏自身が言うように、冬音らが自分たちの詠んだ全く同じ歌の添削を複数の専門歌人に依頼していたという事実である。これは、たんに複数の師匠を天秤に掛けるような門人のしたたかさに人間味が感じられるというだけのことにとどまらない。むしろ重要なのは、一地方の商人が和歌研鑽に励み、上達のために指導者を自ら選ぶという行為に、近世和歌史の本質が集約されているという点である。
周知の通り、近世前期、すなわち17世紀までほぼ堂上と一部の武家の専有物であった和歌という文芸は、18世紀には地方にまで及び、近世後期、すなわち19世紀に入ると全国津々浦々に広がることになる。商業出版を背景としたこの和歌人口の増大という現象にこそ、近世和歌の最も重要な側面があると言ってよい。
そして、通常その過程は、堂上から地下そして地方への浸透として語られることが多い。しかし実情は、高所にある中央の文化が、水の低きに就くがごとくにおのずから地方に流れ下るというよりも、むしろ経済力を付けた地方が中央の文化を自ら積極的に吸収しようとし、中央がそれに応えたと見るべきであろう。ある意味、地方が主なのであって、氏の表現を借りるならば、都の文化は地方の「上昇志向を促す磁場」(本書32頁)として機能したのである。そして、本書で取り上げられる上方地下歌人は、そうした地方の人々の向上心を受け止める受け皿、地方に向けて開かれた都側の窓口にほかならなかった。このように考えてみると、冬音らが複数の上方地下歌人に添削を依頼し、意に満たなければ指導者を乗り換えたことまでが分かる平井家伝来の加点詠草は、まさに時代を象徴する事例であったと言える。
神作氏は、かつて文化史からも和歌史からも見過ごされてきたこの18世紀の上方地下歌人と地方歌壇との関係にかねてより着目し、中央と地方とを媒介する役割を果たした上方地下という存在の重要性を指摘してきた。それに加えて、一流歌人の事績のみで綴られる和歌史から一線を画し、彼らの陰に隠れたマイナーポエットの営みを、和歌を楽しむその心情とともに掬い上げようとする一貫した視点を持って研究を進めてきた。平井家の加点詠草の価値は、そのような氏だからこそ見出しえたと言っても過言ではあるまい。実際、氏の言うように、冬音らにとって、さらには江戸時代に和歌に携わった多くの人々にとって、「自らの心の揺れや感動を定型の中で適切に言語化し得」(本書42頁)ることは何よりの喜びだったはずなのである。
そして、冬音らの加点詠草に類する資料は、見過ごされたまま各地にまだ多く眠っているのではないかとも想像される。江戸時代の人々にとって和歌がいかなるものとしてあったのかを、地域的・時代的特性も勘案しつつ総体的に明らかにするためにも、本書のような研究がさらに進み、他地域における事例の掘り起こしがなされることを切に望む。

