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[No. 68 研究ノート]共同研究(課題)国文学研究資料館松野陽一文庫の基礎的研究

舘野 文昭(埼玉大学准教授)

国文学研究資料館の特別コレクション「松野陽一文庫」(以下、「松野文庫」とする)は、同館の館長であった中世近世和歌文学研究者・松野陽一(1935-2018)の旧蔵書485点からなる。その所収資料は、松野の専門とする歌書のほか近世の絵本や朝鮮本など多岐にわたる。本共同研究は、松野文庫蔵の古典籍について、文献調査に基づく解題を作成することを主たる目標とし、2022~2024年度の3年間にわたり実施された。メンバーは、舘野文昭(研究代表者)、小野寺拓也氏、甲斐温子氏、柿沼紅衣氏、加藤弓枝氏、川上一氏(館内担当者)、神作研一氏(館内担当者)、髙橋諒氏、西山美香氏、福澤徹三氏、渡部泰明氏(共同研究の総合的推進にあたっての指導助言)の11名。実質的運営は神作・川上両氏に全面的に負うところ大きく、稿者の果たした役割は小さかったと言わざるを得ないが、以下に共同研究の概要を紹介することで研究代表者を務めた責の一端を果たしたい。

本共同研究の柱は、各自の専門や関心に応じて書目を選び、その原本を調査し、解題を執筆する、というものであった。年に数度国文学研究資料館に集って各自の担当書目を調査し、同時に松野文庫の縦覧も行うことで蔵書の全体像の把握にも努めた。最終年度(2024年度)には、各自が執筆した解題を持ち寄り、神作氏の主導のもと改善点についてオンラインで討議を行うことにより、その精度の向上をはかった。若手中心のメンバー構成であったが、こうした作業を通して学術的に有益な解題の書き方を学ぶことが出来たという点に大きな意義があったものと思われる。

最終年度には「松野文庫の贈りもの」展を開催した(期間2024年9月5日~10月22日)。展示は四部構成で、第一部「藤原俊成とその周辺」、第二部「江戸の武家歌壇」で松野の研究業績とかかわる蔵書を展示。続いて第三部「絵本の楽しみ」には松野が好んで蒐集した絵本類、第四部は「コレクションの広がり」には朝鮮本・明版、仏書、散佚文献の断簡といった多様な書目を並べた。『千載集』コレ
クション(リーフレット14頁に一挙並べた図版を掲載)を目玉としつつ、バラエティに富んだ展示構成となったが、メンバー執筆の展示キャプションとリーフレットの出展書目の解説は、本共同研究の成果の公表の場となり、調査研究の過程で得られた新たな知見も一部踏まえたものとなった。例えば、恵空『厭願口譚』(16-74)が「洛東正立寺の
光明真言講の信仰者による刊行」であることが西山美香氏によって明らかにされ、リーフレット50頁の解説にもその成果が反映されている。展示期間に併せて実施した松野
文庫セミナー(2024年9月27日開催)では、メンバーからは稿者と川上氏が研究成果を踏まえた講演を行った。

また、本共同研究では松野と縁の深い研究者(共同研究会では小川剛生氏、堀川貴司氏、落合博志氏、浅田徹氏、松野文庫セミナーでは田渕句美子氏、久保田啓一氏)をゲストスピーカーとして招き、松野文庫の蔵書や松野の学問に関わるテーマで講演をしていただいた。メンバーが稿者も含めて松野の謦咳に接することのなかった世代が中心であったことから、これまた有益な機会であった。

なお、研究成果としての解題は2025年度末に報告書の形で刊行される予定である。広くご批正を賜りたい。

以上が共同研究の概要であるが、以下に、共同研究に携わって感じた松野文庫の意義について述べたい。

このコレクションの本質は、書物を研究の対象に据える研究者がその学術的見識をもって蒐集したコレクションであるという点にあろうと思われる。古写本を含む『千載集』コレクションは、その伝本研究を行った松野ならではものであり、その研究を追試し深化させるために活用されることが期待されよう。さらに〔江戸中期〕写『〔千載和歌集かるた〕』(16-106)も注目の一点で、文化史上の『千載集』の地位の高さを窺わせるものとなっており、これまであまりなされてこなかった『千載集』享受研究の意義を示唆する資料である。松野文庫には今後の『千載集』研究の可能性が秘められていると言える。

一方、伝本が多い作品で、かつ書写年代が必ずしも古いとは言えない書目の中にも、研究者としての知見によってもたらされたと思しいものが散見される。例えば、いわゆる『俊成卿九十賀記』は松野文庫に2本が収められるが、そのうち『俊成九十賀之歌』(16-120、列帖装1帖)は縦15.0×横11.1糎という小ぶりな本で、色替り料紙という装飾性の高い料紙が用いられている。『俊成卿九十賀記』が単なるテクストとしてだけでなく、その祝賀性なども手伝ってモノとして珍重されていたらしいことが窺え、その享受の一面を知る手がかりとなる貴重な資料である。

松野文庫の蔵書は、書物について追究を続けてきた研究者が、あるいは自らの研究成果を踏まえて、あるいは直感で蒐集した古典籍であるため、一見すると何気ない一本が伝本極稀の書目であったり、書誌的に注目すべき内容を含んでいたりする。国文学研究資料館がこれを所蔵し、広く公開されていることの意義は少なくないものと思われる。