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[No. 68 研究ノート]和漢比較文学の形成と展開―オーラル・ヒストリーによる研究史の構想―

笹川 勲(國學院大學非常勤講師)

2022年から2024年までの3年間にわたる本共同研究「和漢比較文学研究の形成・展開と依拠本文の変容との相関性についての基礎的研究」は、国文学研究の一領域である和漢比較文学について、先学のインタビューを資料とした、オーラル・ヒストリー(口述歴史)による研究史を構想したものである。

和漢比較文学は、1983年10月に設立された和漢比較文学会の会則にある、「日本古典文学と漢語文化圏の文学及び文化との比較研究」というのが、簡にして要を得た規定であろう。学会設立40年を経て、研究を牽引されてきた方々も、相次いで第一線を退きつつある。後世にも残るであろう、先学の著作物から研究史を描くこともできようが、先学がいかにして、和漢比較文学を自らの中で育み、斯学の研究者として歩んでこられたのかという証言をこの時点で記録に留め、研究資料として残しておくことが、後学の者には必要と思われた。文献調査が主と思われる国文学研究資料館の共同研究としては、やや異質な調査・研究活動を実施したゆえんである。

研究組織は、研究代表者の笹川の他、研究分担者として宋晗(そうかん)・具惠珠(くへじゅ)・出口誠・仁木夏実・山本真由子の各氏、国文学研究資料館からは相田満氏および中西智子氏に加わっていただいた。和漢比較文学の対象は上代から近世に及ぶが、本共同研究では、原則、メンバー共通の専攻である平安朝文学の研究者に調査を限定した。

2022年度は、9月6日に後藤昭雄氏・新間一美(しんまかずよし)氏、11月6日に藤原克己氏にお話を伺った。お三方は、1982年10月に開催された、第1回の学会設立準備会に参加された13名にお名前を連ねた方々であり、菅原道真をはじめとする日本漢文学や、『源氏物語』と白居易の詩文との比較研究などで、長年、和漢比較文学を領導された。

2023年度は、9月1日に渡辺秀夫氏にお話を伺った。近年、渡辺氏は、「和漢比較研究のささやかなあゆみ」(『上代文学』129号、2022年11月)や、「唐文化の受容と国風文化-平安朝文学の「漢文世界」-」(『和漢比較文学』75号、2025年8月)で、平安朝文学における漢文学摂取、ひいては和漢比較文学の見取図を精力的に示されている。

2024年度は、5月11日に、蔵中しのぶ・安保博史・相田満のお三方から、共同インタビュー(座談会)形式でお話を伺った。和漢比較文学会の設立にあたって、実務面で尽力されたのは、新井栄蔵氏と大曽根章介氏である。蔵中氏は新井氏の、安保・相田両氏は大曽根氏の教え子であり、和漢比較文学を草創期からご存じの方々である。

続いて9月1日に谷口孝介氏、11月6日に北山円正(きたやまみつまさ)氏、12月8日に三木雅博氏からお話を伺った。和漢比較文学の形成と展開を考える上で欠くことのできない先学のお一人に、『上代日本文学と中国文学』(全3巻および補篇、塙書房、1962~1965、2019)や『国風暗黒時代の文学』(全8巻および補篇、塙書房、1968~1998、2002)などを著した、小島憲之氏がおられる。お三方は、大学や研究会で氏の講筵に連なり、薫陶を受けた方々である。

2025年3月14日には、3年間の研究の総括として共同討議を開催し、和漢比較文学研究の過去・現在・未来について、意見交換を行った。

インタビューを通じて実感したことを2つ述べてみたい。

ひとつは研究の基礎作業となる用例検索の変化である。かつては、必要な用例を探すため、漢籍のページを一枚ずつ繰ったという経験を複数の先学から伺った。現在は、電子検索のツールが整備され、効率化はされた。反面、ヒットした用例を訓(よ)み、適否を判断した上で、挙例しているのか、自省が求められる。

2つめは、和漢比較文学そのものの意義である。平安朝文学において、かな文学と漢文学とのかかわり、あるいは日本漢文学そのものについて、文学史上の重要性はこれまでも認められてきた。和漢比較文学の形成と展開によって、研究方法としても、学界において一定の評価を得られるようになったといえる。しかし、研究の棲み分けが進んでしまった面も否定できない。国文学研究、とりわけ古典文学研究の基礎学として、漢文学の素養は不可欠である。和漢比較文学の側からの積極的な発信も必要であろう。

残された課題としては、他時代との協働がある。和漢比較文学において、平安朝と並ぶ柱といえる近世をはじめ、上代や中世においても、同様の調査・研究を期待したい。

本共同研究の研究分担者は、お話を伺った先学との師承関係から加わっていただいた。僭越な物言いながら、和漢比較文学の領域で、業績を挙げてきた若手・中堅の学徒である。学問を継承・発展し、後進や社会へと繋げ、広げていくことを念願している。

最後になるが、ご多用の中、インタビューに応じてくださった先学の方々、共同研究を分担いただいたみなさまに御礼申し上げる。何より本務校を持たない研究者にも、望外の機会を与えていただいた、国文学研究資料館に深謝申し上げる。