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[No. 67 トピックス](2024 年度こくぶんけんトーク)『源氏物語』をよんだ中世人―解釈の揺れはいかに生まれたか―(取材記)

九州大学准教授 岡田 貴憲

国文学研究資料館の教員が、対話をしながら講座を行う「こくぶんけんトーク」。今年度は、室町時代の和歌がご専門の川上一助教による標記講座が、2025年2月19日(水)に館内2F 大会議室で開催されました。

『源氏物語』の研究史において室町時代は、出典指摘を主とした「古注」が下火になり、和語への関心の下に解釈を深める「旧注」が興った時期に当たります。

講座冒頭では、藤原俊成による有名な評語「源氏見ざる歌よみは遺恨の事なり」の生まれた事情を切り口として、それ以降の『源氏物語』の権威化(古典化)、そして古注から旧注への変遷がいかに進んだのかが概観されました。

そして本題として取り上げられたのは、第七帖・紅葉賀巻の和歌「袖濡るる露のゆかりと思ふにもなほうとまれぬやまとなでしこ」。桐壺帝の后妃でありながら、義子・光源氏との不義の子を宿した藤壺が、源氏に瓜二つの容貌で生まれた若宮を見て、複雑な心境を述べた歌です。その第四句「なほうとまれぬ」は、助動詞「ぬ」の解釈をめぐって完了説(=やはり疎ましく思われる)と打消説(=やはり疎むことはできない)がいずれも成り立ちうることから、現代に至るまで論争の対象となっています。

本講座ではその「解釈の揺れ」について、正解を決めるのではなく、「揺れ」の生まれた背景を「旧注」の中に探るという、新たな視点での議論が展開されました。「古注」の時代は言及もされなかった「ぬ」の意味について、打消説を主張し始めたのは、「旧注」の中でも連歌師の著した注釈書であること、対する公家の注釈書はいずれ完了説を前提としていることから、連歌師による実作のための『源氏物語』利用が打消説を生み出すに至ったのではないか、と推論する川上助教のお話は、中世文学研究者ならではの見解であり、日頃「解釈」を追究している稿者の立場からは斬新に受け止められました。

講座の後半には、『源氏物語』を専門としコーディネーターを務めた中西智子准教授の進行で、質疑応答が行われました。参加者からは、かつて完了説が支配的だった理由、公家歌人と連歌師の『源氏物語』利用の違い、『源氏物語』の研究史が男性に支えられた経緯など多くの質問が寄せられ、啓発的な議論を経て本企画は盛会のうちに終わりました。