文部科学教育通信「国文学研究資料館──古典への誘い」

女人救済と御伽草子『和泉式部』


図 御簾越しにのぞく和泉式部・下女・柑子売りに身をやつした道命

 

 

 

 

紫式部、清少納言、和泉式部など平安中期の才女達の生涯は、後世、その華やかなイメージから一転、堕地獄(だじごく)や零落、性的放縦といった方向に説話化されることがありました。狂言綺語(きょうげんきぎょ)の物語を書き散らし、男性にも臆(おく)せずものを言い、数多の恋に浮名を流す‥‥‥。このような振る舞いを「悪」と見なす儒仏的な倫理観が、彼女たちの「その後」をある種の教訓的な文脈でかたどっていったと考えられます。

たとえば室町時代の御伽(おとぎ)草子に『和泉式部』という作品があります。「和泉式部が、あるとき柑子(こうじ)売りの恋情を受けて契りを結んだ。しかし彼の正体は道命(どうみょう)阿闍梨、かつて棄てた我が子であった。驚いた式部はこれを発心の契機とし、最後は往生を遂げた」というストーリー。末尾には式部の有名な和歌「暗きより暗き道にぞ入(い)りぬべき遥かに照らせ山の端(は)の月」(『拾遺和歌集』所収)が引かれます。真如の月ー万物の真理を見通す仏法の力が、我が身の業に苦しむ式部を救ったのでした。

和泉式部と道命の恋の逸話は鎌倉時代の説話集をはじめ、複数の文学作品に出ています。いずれも、浮かれ女(め)と好色無双の僧、といった両者のイメージが組み合わされた虚構にすぎません。ただしその中でも、本作は道命を実の息子に設定した上で、子棄てからの母子相姦というショッキングな物語に仕立てている点がとても変わっており、注目されます。

じつは日本には神々への信仰にともない、インセスト・タブーにふれる伝承も少なくはありません。しかし母子のそれは極めて珍しいと言えます。濱中修氏によれば、本作の背景には比叡山のふしぎな力による母子再会、また仏道帰依による女人救済というテーマが深くかかわっているようです。

さて実際の式部には、小式部内侍と石蔵宮(いわくらのみや)という、父親違いの子どもが二人ありました。家集の『和泉式部集』では、母親の情愛に溢れる歌がさまざまに詠まれています。次の例は、年若くして仏門に入った息子の石蔵宮に贈ったもの。春の味覚の野老(ところ)(山芋の一種)と草餅をめぐるのんびりとした一首です。

   石蔵より野老おこせたる手箱に、草餅入れて奉るとて
 花の里心も知らず春の野にいろいろつめる母子餅(もちひ)ぞ
(花の咲く里になど心ひかれることもなく、春の野に出て色々の草を摘みましたが、これはその時に摘んだ母子草の餅
 です)

国文学研究資料館蔵『和泉式部』は江戸初期写。金銀箔の彩りが美しい奈良絵本で、貴重書に指定されています。清水泰氏・吉田幸一氏旧蔵。新編日本古典文学全集の底本です。

(中西智子)

<参考文献>
濱中修『室町物語論攷』(新典社、1996)、石川透『室町物語と古注釈』(三弥井書店、2002)、大島建彦・渡浩一校注・訳『新編日本古典文学全集63 室町物語草子集』(小学館、2002)、齋藤真麻理「87和泉式部」『祈りと救いの中世』(国文学研究資料館、2008)、渡部泰明監修・青木賜鶴子著『和歌文学大系53 和泉式部集/和泉式部続集』(明治書院、2024)

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文部科学教育通信2025年12月22日掲載記事より