文部科学教育通信「国文学研究資料館──古典への誘い」

「能の本」より《敦盛》

少し前のことですが、ユネスコ「世界の記憶」に世阿弥(1363~1443年頃)の能学論書『風姿花伝』が推薦されました。能は鑑賞の対象としてだけでなく、素人の謡うたいを通じても流行しました。その稽古のために節を付した台本=謡本が江戸時代に大量に出版されました。国文研が所蔵する「能の本」もその一つ。縦13・2×横19・4㎝の小さな横本です。刊記に「旅行舟中懐中本」とありますから、携帯に便利なようにこの規格にしたようです。今回はその中から、世阿弥作の《敦盛》を取り上げてみようと思います。世阿弥自身が好評を博していると語ったこの自信作は、その曲名から察せられるように、『平家物語』の平敦盛を扱う一曲です。

敦盛を討った熊谷直実は、それを契機に出家して蓮生と名乗り、敦盛を弔うべく夜通し念仏を唱えます。蓮生の前に現れた敦盛の霊は、懺悔のために、平家の栄華から都落ち、一の谷の合戦までを回想するのですが、話が自らの討ち死にの場面に至るや、「敵かたきはこれぞ」と蓮生に斬りかかると次の瞬間には「敵にてはなかりけり」と翻って、菩提を弔うよう乞うて消えてゆくのでした。

「敵」でなければ何なのだと思うかもしれませんが、二人は「法のり(=仏法)の友」なのだと、敦盛の霊は言います。直実は敦盛を討ったことで出家したのですし、敦盛は直実に討たれたことで、栄華に目がくらんで仏法に向き合い難かった日々を反省することができたのですから、なるほど二人は「法の友」であったわけです。

詭弁と思われるかもしれませんが、この曲が世阿弥の言うように人気を得ていたのであれば、当時の人々は詭弁だとは思わなかった、それどころか良い話だと感動したのでしょう。実はこれと同じ様な発想は他にも見られます。例えば『沙石集』(1283年に初稿成立)の一話。

貧しさに堪えかねた妻が、追い剥ぎして養うよう夫にせがみます。夫は通りがかりの女性を殺し、血の付いた着物を受け取った妻は満面の笑みで喜ぶのでした。その妻の様子に嫌気が差した男は出家します。ある時、男が他の僧に出家した経緯を語ると、その僧が、それはいつの事で、女性の着物は何色かなどと、やけに細かく尋ねてくる。実はかつて男が殺めた女性は、その僧が出家する以前に愛していた女性であったのです。僧は、しかし、男のことを「善知識(=仏門に導く善き友)」と呼びかけます。なぜなら、僧は女性を失ったことで出家できたのですから。

物事の価値は――善悪でさえ――その物事が置かれた社会の価値体系の文脈により異なります。あらゆる時代/場所に通用する普遍的な価値基準など、実はどこにも存在しないのです。近代の普遍主義の空気を吸って生きるわれわれは、ついそのことを忘れてしまいがちですが、グローバリズムの世界にあって、自らが依って立つ価値観が相対的なものに過ぎないことを、古典は教えてくれます。

(髙尾祐太)

国書データベースへアクセス

文部科学教育通信2026年2月23日掲載記事より