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[No. 67 書評]大関真由美・菅井優士・西村慎太郎編著『古文書解読事始め―福島県大熊町の古文書で学ぶくずし字入門―』

田仲 桂(いわき市文化財保護審議会委員)

古文書解読事始め―福島県大熊町の古文書で学ぶくずし字入門― 大関真由美・菅井優士・西村慎太郎編著 『古文書解読事始め―福島県大熊町の古文書で学ぶくずし字入門―』(蕃山房2024)

本書は、福島県大熊町(ふくしまけんおおくままち)の中野家(なかのけ)に伝わる15点の古文書をテキストにした古文書解読(こもんじょかいどく)の入門書だが、実際のところそれ以上の様々な可能性を示唆(しさ)してくれる一冊である。
タイトルにある福島県大熊町は、福島第一原子力発電所(ふくしまだいいちげんしりょくはつでんしょ)が立地する町で、2011年の東日本大震災の直後に起きた原発事故で全町避難(ぜんちょうひなん)を余儀なくされた。今なお町域の50%あまりが帰還困難区域(きかんこんなんくいき)に指定されており、町内人口は震災前の約1割に留まっている(2025年2月末現在、大熊町 HPより)。

町は帰還・移住・定住支援や生活支援、企業誘致や産業創生などに取り組んでいる真っ最中だ。
そんな町の歴史の一端をひもといているのが本書である。

古文書解読の基礎を学べ、大熊町の歴史に触れることができる。全体を通して読みやすく、読者のための工夫が多く盛り込まれているので、くずし字を学びたい人にとってはもちろん、くずし字には興味はないが大熊町の歴史を知りたい人にとっても、手に取りやすい一冊になっている。

本書の構成は、
● 福島県大熊町の古文書で学ぶくずし字講座
● 福島県大熊町熊(くま)中野家とその文書群について
● 第一部 くずし字に触れよう
● 第二部 実践くずし字講座 大熊町被災資料(ひさいしりょう)で学ぶ
である。
「福島県大熊町の古文書で学ぶくずし字講座」の項では、コンセプトと目的を記す。すなわち、読者が「古文書とくずし字の基礎を学びつつ、大熊町の歴史の一端を知」り、「大熊町の文化と歴史、そして古文書に興味・関心を持」つことを目指している。
続いて、大熊町の歴史の概要が述べられ、第二部で取り上げる古文書の背景がここで押さえられる。
「福島県大熊町熊中野家とその文書群について」では、中野家の歴史および歴代の当主について丁寧な解説を加えている。文書が伝えられてきた地域や中野家の概略が簡潔にまとめられ、これにより第二部の理解度がより深まる。

くずし字を読み古文書を解読することは、決して容易いことではない。
第一部の「くずし字に触れよう」では、まず現代の人々がくずし字を読めない理由が挙げられている。冒頭でこれを読んだ読者は、きっと肩の力を抜いてくずし字を読んでみようという気になるだろう。筆遣いや解読のコツ、頻出文字(ひんしゅつもじ)、上達するトレーニング法も書かれているのは嬉しい。筆者も市民向けの古文書講座で講師をしているが、教える立場から見ても非常に参考になるものだった。
第二部の「実践くずし字講座」は、近世~近代のもの15点が取り上げられている。知行(ちぎょう)、塩釜役(しおがまやく)、藩主の書付(かきつけ)の写し、物流、災害の風聞、プライベートな手紙など、内容は幅広い。初心者むけのテキストとなるべき文書(もんじょ)を過不足なくピックアップするのは、いささか大変だったのではと想像する。古文書の写真を掲載し、ページの上段に翻刻(ほんこく)、下段に現代語訳、そのあとに用語の説明と全体的な解説を載せる。特に用語については丁寧に説明しており、歴史に明るくない人でも理解しやすいと思われる。浜通(はまどおり)(福島県の太平洋沿岸部の地域)の地名や人名が出てくる文書は、その地に住まう読み手の興味を引くだろう。

さて、本書では読者のターゲット層については言及されていないが、主に大熊町民であろうと思う。この「あえて内向き」のベクトルは大事だと考えている。地域に伝わる歴史資料を次世代につなげる主役は地域住民で、そのためには歴史や資料そのものに関心を誘(いざな)う取り組みが不可欠だ。

冒頭に述べた通り、大熊町の町内人口は震災前の約1割に留まっている。町に住む帰還住民、町外から故郷と関わる住民、新しく越してきた移住者がこれからの町を創っていく。そのようななかで、町内で文化財レスキューが進められ、救出された古文書がテキストとしてまとめられた意義は大きいだろう。

本書に啓発されて、ほかの被災自治体でも編纂の要望があがるのではないだろうか。実際に、筆者が双葉郡(ふたばぐん)双葉町(ふたばまち)(大熊町の北に隣接する)の住民に本書を紹介したところ、自分たちの地域でも本を作りたいという話が出た。住民自身が我が町の歴史や文化をアーカイブし、次世代に伝える取り組みを喚起させるツールにもなっていることは、希望であるとすら感じる。
少し抽象的になってしまうが、本書からは読者に対する眼差しの優しさが滲み出ている。古文書や地域の歴史、各所の地域住民の皆さんと向き合っている編著者3名の、常日頃の業務やご活動や真摯(しんし)な姿勢の賜物と思う。
人口減少による地域の消滅がいわれるようになった。そんな時代に、私たちの身近な歴史を身近な所に伝わる古文書から深掘りして描く『古文書解読事始め』のような書籍は、今後ますます求められるのではないだろうか。