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[No. 67 研究ノート]特定研究(地域資料)「東北大学狩野文庫の研究」の概要と成果

本共同研究は、2022年度から2024年度までの3年間、狩野文庫を中心とした東北大学の特別コレクションの形成、維持の経緯と所蔵典籍の意義を明らかにすることを目的として、

①「狩野亨吉の研究」
②「狩野文庫と所蔵典籍の研究」
③「狩野文庫以外の東北大学の特別コレクションと所蔵典籍の研究―漱石文庫、旧制第二高等学校旧蔵書を中心に―」
④「小宮豊隆の研究―東北帝国大学附属図書館長在任期を中心に―」

の4つを考究の柱として、その融合を図る中で実施した。

研究組織は、佐倉由泰を代表者とし、于楽(アジア太平洋無形文化遺産研究センター)、笠間はるな(宮城学院女子大学)、加藤諭(東北大学)、河内聡子(東北工業大学)、齋藤真麻理(国文学研究資料館)、仁平政人(東北大学)、横溝博(東北大学)、渡邉美希(東京工業高等専門学校)を分担者とする全9名で〔所属は2024年度時点〕、東北大学大学院文学研究科博士後期課程の越田健介、笠谷美弥の2名が調査、考究に協力した。

東北大学の特殊文庫の形成、維持の経緯と所蔵典籍については、先人の記録、保存、調査、研究によって多くの知見が得られた一方で、書籍、資料が膨大で多岐にわたり、受入以降、多年を経たこともあって、不明であることも少なくない。
こうした解明を要することの1つに、狩野亨吉旧蔵の約108,000冊の典籍をはじめとする狩野文庫の中に未公開の古筆切等500点以上があり、その全容を捉えるという課題もある。

本研究の初年度の2022年度は、上記②の研究として、特にこの狩野亨吉旧蔵の古筆切等に注目して、概要を確かめ、検討し、その結果を第1回東北大学狩野文庫セミナーで提示した(2023年3月27日、オンライン)。
そこでは、佐倉由泰の報告「東北大学狩野文庫所蔵の古筆切について」をもとに、参加者による情報交換、意見交換を行った。当該資料については、今後、東北大学附属図書館を中心に、公開の内容、時期等を検討して行くことになると考えられるが、本セミナーは、その新たな進展を促す契機になったと思う。

2023年度は、1943年の狩野文庫の形成の完了と、1944年の漱石文庫の創設に決定的な役割を担った、当時の東北帝国大学附属図書館の館長、小宮豊隆に注目し、この文化事業の経緯と、それを支えた小宮の文化人としての思考、識見、交流を明らかにすることに、多くの時間と労力を充てた(先述の②、③、④の研究に主に該当する)。

その研究で特に重視したのは、福岡県京都郡のみやこ町歴史民俗博物館が所蔵する小宮豊隆資料である。これは、小宮豊隆の御遺族の寄贈により保存されている貴重な資料で、小宮が受け取った多くの書簡と、小宮が日記、覚書として記した手帳等から成る。
2024年1月には、博物館の理解と協力をいただいて調査を実施し、その前後の検討もあわせて考究を深め、成果を第2回東北大学狩野文庫セミナー(2024年3月29日、オンライン)で提示した。
そこでは、2つの報告、仁平政人「研究者・文化人としての小宮豊隆」、笠間はるな「小宮豊隆と東北大学の特殊文庫の形成―小宮宛ての書簡から―」と、加藤諭によるコメント「小宮豊隆と東北大学」を行った上で、参加者の間で意見や情報を交換した。

参加者が、本研究の担当者・協力者の枠を大きく超え、みやこ町歴史民俗博物館、新宿区立漱石山房記念館、九州大学、国文学研究資料館、東北大学の教職員、学生に広く及んだ点でも、たいへん有意義なセミナーとなった。

その成果は、2024年度の研究にも直結し、仁平政人が、新宿区立漱石山房記念館の特別展「『三四郎』の正体 夏目漱石と小宮豊隆」(期間2024年10月12日~12月15日)の開催に協力し、同特別展の図録(2024年10月12日発行)に「漱石文庫と小宮豊隆」と題する論考を寄稿するとともに、期間中の11月23日に同館で開かれた特別展記念講演会「小宮豊隆という多面体」では、市民の方々に向けて講演を行った。

また、2025年1月には、みやこ町歴史民俗博物館での再度の調査を実施し、小宮豊隆資料についての理解をいっそう深めた。さらに、同月には、神奈川県立神奈川近代文学館において、所蔵されている小宮豊隆からの小林勇宛書簡、夏目純一宛書簡を調査することもかない、1943年の狩野文庫の形成の完了と、1944年の漱石文庫の創設をめぐる新たな知見を得ることにつながった。

こうした一連の調査、考究の成果は、第3回東北大学狩野文庫セミナー(2025年3月31日、オンライン)での2つの報告、笠間はるな・越田健介「小宮豊隆と狩野文庫の形成―神奈川近代文学館蔵小林勇資料から―」、仁平政人「漱石文庫の成立と小宮豊隆―書簡・手帳を手がかりに―」でも提示できた。本セミナーについては、東京大学の教員や、総合研究大学院大学、東北大学の多くの学生も含む、第2回セミナー以上に広範な参加者を迎えられたこともありがたかった。本共同研究の成果は、今後さらに論文等の形で発表することを予定している。

以上のように、本研究は、課題を解決することに加え、新たな課題を発見し、その解明のための新たな環境を創ることに多くの意義を持つものとなった。その意義の重要性は、東北大学の特別コレクションについての今後の考究を通して証されるところも大きいと思う。そうしたさらなる研究の進展を期するとともに、本共同研究を進める上で多大な示唆と教示をいただいた曽根原理氏(東北大学。2025年2月26日御逝去)への心からの感謝と敬意を込めて、本報告を閉じたい。

佐倉 由泰(東北大学教授)