文部科学教育通信「国文学研究資料館──古典への誘い」

鶯の卵から生まれたかぐや姫――『古今和歌集注(大江広貞注)』――

『竹取物語』は「かぐや姫伝説」でおなじみの現存最古の物語です。かぐや姫は次のように登場します。

…その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。怪しがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いと美しうてゐたり。…

ところが、中世には少し違った「かぐや姫伝説」もありました。

今回取り上げる国文研・碧洋臼田甚五郎(へきよううすだじんごろう)文庫蔵『古今和歌集注(こきんわかしゅうちゅう)』(請求記号:29―53。通称「大江広貞注(おおえひろさだちゅう)」。以下、「広貞注」と呼ぶ)では次のように語られています。

昔、竹取の翁が竹の中に鶯(うぐいす)の巣を見つけた。巣の中には卵もあったが、親鳥は死んでしまっていた。翁が可哀想に思い、卵を温めると、一つの卵から美しい女の子が現れた。その子は絶世の美女へ成長し、多くの男から求婚された。やがて帝から入内(じゅだい)を求められると、翁は「姫は帝釈天(たいしゃくてん)に差し上げよう」といって、姫を連れて空へ昇ってしまった。帝が名残惜しさを手紙にしたため、日本一高い富士山で焼かせると、煙は天まで昇って行った。

私たちの知る話といろいろ異なっていますが、最大の相違はかぐや姫が〈鶯の卵〉から生まれた点でしょう。

「広貞注」は、中世に数多く作られた『古今和歌集』の注釈書の一つです。奥書(おくがき)(その本の成立事情や書写年・書写者などを巻末に記したもの)によると、永仁(えいにん)5年(1297)に藤原為相(ためすけ)から大江広貞へ相伝(そうでん)されました。しかし、大江広貞なる人物は実在が確認できず、偽の奥書である可能性が高いとされています。「広貞注」は、これまで十二本ほどの伝本が知られていましたが、国文研蔵本は新出(しんしゅつ)本で注目されます。

さて、〈鶯の卵〉型の「かぐや姫伝説」は、『古今集』仮名序の「富士の煙によそへて人を恋ひ」の注として記されています。つまり、富士山の煙が恋歌に詠まれる理由を「かぐや姫伝説」によって解説しているわけです。実は、この話は他の『古今集』注釈書にも見えるため、中世の人々にとってのかぐや姫は鶯の卵から生まれる存在だったのかもしれません。

このように、中世には和歌の詠作(えいさく)事情や時期などについて、根拠不明の説話を用いて解説する注釈書が存在し、特に『古今集』や『伊勢物語』に目立ちます。現代の感覚からすると役に立たない注釈のようですが、これらは以前に本誌に掲載された髙尾祐太「『伊勢物語』の読み方―『古今和歌集灌頂口伝』・『玉伝深秘巻』―」も指摘するとおり、中世の能や軍記物語、さらには近世の名所記(めいしょき)・地誌類(ちしるい)などにも受容され、影響力は絶大なのです。しかし、これらの注釈書のほとんどが〈いつ・誰が・何のために〉作ったのか分かっておらず、その解明が今後の課題です。

中世の『古今集』注釈書は和歌の注釈書ですが、同時に現代では忘れ去られてしまった説話をも教えてくれる、言わば「説話のタイムカプセル」です。国文研の国書データベースでは、ほかにもさまざまな『古今集』注釈書が高精細画像で公開されています。ぜひご覧ください。

〈引用本文〉
竹取物語=片桐洋一ほか校注訳『新編日本古典文学全集12』(小学館、1994年)。表記を改めた。

〈参考文献〉
片桐洋一『中世古今集注釈書解題(一)』(赤尾照文堂、1971年)
京都大学文学部国語学国文学研究室編『京都大学国語国文資料叢書古今集註京都大学蔵』(臨川書店、1984年)
慶應義塾大学附属研究所斯道文庫編『古今集注釈書伝本書目』(勉誠出版、2007年)
髙尾祐太「『伊勢物語』の読み方―『古今和歌集灌頂口伝』・『玉伝深秘巻』―」(『文部科学教育通信』第616号、2025年11月)

(河田翔子)

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文部科学教育通信2026年3月9日掲載記事より