田口 暢之(鶴見大学准教授)
「国文研 千年の旅」と題して読売新聞多摩版に2019年から約5年間、120回にわたって連載された記事の書籍版である。国文学研究資料館の研究者たちが、同館所蔵の古典籍を中心に、注目される資料をピックアップし、その魅力や重要性を語る。奈良時代から明治時代までの文学作品はもちろん、古文書や絵図、多摩地域に関する資料など、幅広い時代とジャンルの文献が揃う。もともと新聞紙上に掲載されたこともあって、専門的な内容が平易に説明されており、日本文学や日本史に詳しくなくても気軽に楽しめる。
書籍化にあたって一部の記事が補訂されたほか、新聞ではモノクロであった図版がすべてカラーに差し替えられた。また、連載時には各作品が順不同に紹介されていたが、書籍版では時代やジャンルによって分類・整理された。したがって、はじめから順番に読んでいけば、日本文学史の学習や復習にもなる。むろん、興味のあるものをランダムに読んでもよい。
さまざまな資料が高精細のカラー図版と分かりやすい解説によって味わえるのは、まさに「展覧会」の趣である。しかも、普通の展覧会ではガラスケースの中に開かれているページしか見られないが、本書のほとんどの作品には国書データベースにつながるQR コードが付いており、それを介して各作品の全ページを自在に閲覧することもできる。「紙の上」ならではの利点といえよう。
以下、具体的な内容を概観する。
「第1室 和歌の本流」では、注が施された『古事記』歌謡の抄出本、『万葉集』・『古今集』とその古注釈書、藤原定家の歌論書などが紹介される。中でも『新古今和歌集』撰歌草稿は同集編纂中の定家による草稿であり、勅撰和歌集の作り方が窺える貴重な資料であろう。
「第2室 『源氏物語』とその周辺」では『源氏物語』を中心に、『伊勢物語』や『蜻蛉日記』などの平安時代の散文作品に関する資料が並ぶ。「業平涅槃図」や『源氏物語』の屏風・絵巻、源氏香の図などの美しい色彩が楽しめるのはカラーの書籍版だからこそである。
「第3室 百人一首の世界」では近年、撰者についての見直しが進む『百人一首』関連の資料を取り上げる。カルタは言うまでもなく、浮世絵や狂歌といったさまざまな分野に影響を与えた作品であることが改めて実感される。
「第4室 中世の文芸と芸能」では「春日懐紙」・『阿仏の文』から幸若舞・御伽草子まで、鎌倉・室町時代の人々の生活に密着した作品が配される。
「第5室 雅と俗の文芸」では嵯峨本や丹緑本といった江戸初期に作られた貴重な本をはじめ、『好色一代男』などの江戸時代の作品を紹介する。中学や高校の教科書には出てこない作品も多く、興味深い。
「第6室 絵本・図絵の世界」では主に江戸時代に刊行された絵本類が取り上げられる。これらの絵の複雑な細い線が版木に彫られて刷られたものだと思うと、技術力の高さに驚かされる。
「第7室 近世の生活と動乱」には象が江戸に向かう途中の記録、多摩川が氾濫したときの大岡越前の日記、盗賊の被害に遭った両替商の記録など、江戸時代の人々の日常生活をリアルに復元できる資料がまとめられている。
「第8室 海外との交流」では『帝鑑図説』や『千字文』などの中国由来の作品、『伊曽保物語』や『解体新書』などのヨーロッパ由来の作品が取り上げられる。「第9室 明治の文学」では海外文学の翻訳や正宗白鳥の自筆原稿が紹介される。大正時代に出版された『情話新集』叢書は帙を含めて全巻揃っている貴重なもので、帙や表紙の瀟洒な絵が目を引く。
「第10室 多摩の今昔」は国文学研究資料館のある多摩地域に関する文献に焦点を絞る。多摩を詠んだ和歌や漢詩をはじめ、多摩川の鮎漁や水害に関する江戸時代の記録などが並ぶ。
ここに紹介される多様な作品はどれも魅力的であり、実際に国文学研究資料館へ足を運んで、実物を見たいと思わせもする1冊である。

