佐藤 至子(東京大学教授)
草双紙(くさぞうし)は江戸時代中期から近代初期(明治20年頃)にかけて江戸(明治以降は東京)で出版された絵入り小説である。赤本・黒本・青本・黄表紙(きびょうし)・合巻(ごうかん)の五種類があり、本の大きさは現代のB6判に近く、ほぼすべての紙面に挿絵がある。本書では主に初期の草双紙である赤本・黒本・青本が取り上げられ、後継のジャンルである黄表紙との関係を視野に入れた論述がなされている。書誌学的考察、絵とことばの分析、高精細デジタル顕微鏡による紙の調査まで、多様なアプローチによって対象に迫り、数々の例が紹介される。解説は具体的でわかりやすく、草双紙を読む(見る)楽しさと草双紙研究のおもしろさとが伝わってくる。
赤本から黄表紙までのジャンル名は表紙の色に由来するが、青本と黄表紙に関しては、原本の表紙を見ればただちにその作品のジャンルがわかるというわけではない。
「一 草双紙とは―南畝先生の文学史」において著者は、黄表紙の嚆矢(こうし)とされる『金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)』とそれ以前に刊行された青本の表紙の色が同じであることを指摘し、青本と黄表紙の区別は「モノとしての様式の違いによるものではない」と述べる。そして『金々先生栄花夢』の内容面の新規性をあらためて確認した上で、この作品から草双紙は大人のものとなったとする大田南畝(おおたなんぽ)の記述(黄表紙評判記『菊寿草』の序文)に言及し、「子ども向けの赤本に対して大人向けの草双紙、元ネタの単なるダイジェストである黒本青本と巧みなアレンジの黄表紙」という対比の構図は後世の読者にも受け入れられやすかったとする。
黒本と青本をまとめて扱う時の書き方が研究の進展によって変わっていったことも紹介される。かつては黒本と青本が見た目も内容も異なるとの見地から「黒本・青本」と分けて記述していたが、初期草双紙の実態調査が進むにつれて表紙の色の違いは摺(す)りの段階の違いによること(初摺(しょずり)本は青本体裁、再摺本は黒本体裁)が明らかになったという。それに基づいて提示されたのは「青本黒本」という書き方であったが、鱗形屋(うろこがたや)の草双紙を対象とする著者の調査によって、青本体裁の本が登場する以前に初摺本を黒本体裁で出版していた期間のあったことが判明した。これをふまえ、著者は「黒本青本」をジャンル名とするとの方針を示す。現存する黒本青本の多くが後摺本であることも指摘され、長期にわたって売れる作品もあったことが示唆される。
「二 赤本は「子ども絵本」か」では、『菊寿草』の序文のうち、『金々先生栄花夢』の版元である鱗形屋の出版活動を述べた一節が検討される。南畝は初期の草双紙の題材として昔話の題名を列挙しているが、現在では赤本の題材は多岐にわたることが明らかになっており、昔話類より歌舞伎や浄瑠璃に取材した作品のほうが多いという。『菊寿草』序文の記述はあくまで南畝個人の読書経験を振り返ったものであるとの指摘は重要である。
草双紙の特色の一つは絵と文章が混在する画面の様態にある。「三 赤本の成立時期を探る―画面構成と時事情報」では、草創期の赤本には素材となった先行作品を切り取って並べたような画面構成のものがあり、見開きの紙面を四つの画面に分割して用いたものや上下二段に区切って上段に文章のみを記したものなど、後の草双紙にはない形態も見られることが紹介される。赤本には刊年不明のものが少なくないが、画面構成の特徴をつかむことが成立年代を考える手がかりとなることを教えられた。
序文や言葉遊びの表現の検討から黒本青本と黄表紙との関わりを述べた「四 黒本青本だってお洒落だ」も興味深かった。言葉遊びについては、『金々先生栄花夢』に出てくる「ありがた山のとんびからす」のような表現が実は『金々先生栄花夢』当時の流行語ではなく、黒本青本時代から見られるものであることが説明される。黒本青本に「知的遊戯性」を見いだし、「草双紙の基本的な性質が、いわゆる黄表紙の時代が花開き、一定期間展開するのを底支えした」と指摘する著者の視点は、黒本青本と黄表紙とを断絶ではなく連続性の点から捉え直してゆく。
「五 草双紙は臭い双紙か―馬琴の説を検証する」では、曲亭馬琴(きょくていばきん)が『近世物之本江戸作者部類(きんせいもののほんえどさくしゃぶるい)』で述べた、黒本体裁の後摺本は再生紙(漉(す)き返し)を用いており粗悪な墨の匂いがするので「臭草紙」の名があるとの説を検証するべく、高精細デジタル顕微鏡で紙を観察した結果が詳細に報告される。拡大された紙の画像からは繊維や紙片などが漉き込まれていることがはっきりと確認できる。「草双紙の紙はある時期まですべて漉き返しであったとみられる」との結論にいたる理由や、「草双紙は臭い双紙か」という問いに対する答えについては、実際に本書をお読みいただきたい。

