小説・評論

江戸前期

小説(仮名草子)

仮名草子は、幕初から天和2年(1682)に『好色一代男』が登場するまでの間に著わされた小説・随筆類の総称(強いて言えば大本が多い)。「仮名」は漢文に対しての用語で、平易な娯楽的読み物を意味します。啓蒙教訓的なもの(『清水物語』)、翻訳もの(『伽婢子』)、擬古的なもの(『犬枕』『仁勢物語』)、軍記的なもの(『大坂物語』)等々、内容は多岐にわたります。 

小説(西鶴)

井原西鶴は、天和2年(1682)に『好色一代男』を刊行してから小説を量産、当代社会の色欲や金銭、武士や庶民の精神を、即物的に話術巧みに描き出しました(おおむね大本)。他の好色物に『好色五人女』、武家物に『武家義理物語』、雑話物に『西鶴諸国はなし』、町人物に『世間胸算用』などがあり、さらに『西鶴置土産』ほか西鶴没後に弟子の北条団水が編刊したものも知られます。 

江戸中期

小説(浮世草子)

浮世草子は、天和2年(1682)刊の『好色一代男』以降、宝暦・明和(1751‐72)頃までに主に上方で著わされた小説類の総称。中核は西鶴本(おおむね大本)と八文字屋本(横本の帳綴じ本〈横綴じ半紙本とも〉など)で、主要作家は井原西鶴・江島其磧・多田南嶺ほか。『雨月物語』発表以前の上田秋成(和訳太郎)『諸道聴耳世間猿』『世間妾形気』も浮世草子に数えられます

小説(前期読本)

読本は、寛延(1748‐51)頃から幕末にかけて、中国白話小説を翻案して趣向とし、勧善懲悪・因果応報の内容を雅俗折衷の和漢混淆文で綴った小説群のこと。「初期読本」(前期読本・上方読本)と「後期読本」(江戸読本)に分けられます。初期読本の嚆矢は寛延2年(1749)刊の都賀庭鐘『英草紙』、代表作は上田秋成の『雨月物語』です(基本型は半紙本5冊)。

小説(談義本)

談義本は、宝暦に始まる半紙本仕立ての読み物(3冊から5冊)。淵源は正徳・享保期(1711‐36)の増穂残口や佚斎樗山の教訓色の濃い作品群で、諷諫を主に当世の風俗を滑稽な表現によって描きました。旧来の文学史では「滑稽本」に括られていましたが、近年は「談義本」の名称が確立、平賀源内の『根南志具佐』などが代表作です。

小説(黄表紙)

黄表紙は、草双紙(絵の余白に文章を書き入れて5丁を1冊とし、江戸で刊行された中本型の読み物)の一形態。幼童向けの赤本・黒本青本とは異なり、「うがち」による知的描写を備えた知識層向けです。嚆矢は、安永年(1775)刊の恋川春町作『金々先生栄花夢』。天明期(1781‐89)に黄金時代を迎えました。山東京伝の『江戸生艶気樺焼』(天明5年刊)などが高名です。

小説(洒落本)

洒落本は、滑稽をねらった「うがち」によって遊里の当世風俗を活写したもの(基本型は小本1冊。蒟蒻本とも)。享保末(‐1736)から天保・弘化(1830‐48)までを範囲とし、特に安永・天明期(1772‐89)に最盛期を迎えました。明和7年(1770)刊の『遊子方言』でその様式が確立、第一人者は山東京伝で、『通言総籬』『傾城買四十八手』などが知られます。

江戸後期

小説(後期読本)

後期読本の典型は浪漫的長編小説で、主要作家は山東京伝(『桜姫全伝曙草紙』『昔話稲妻表紙』)と曲亭馬琴(『椿説弓張月』『南総里見八犬伝』)です。特に馬琴は、中国長編小説に影響を受け壮大な構成力に優れました。後期読本の大半は稗史物(半紙本)ですが、図会物(『源平盛衰記図会』/大本)や絵本物(『絵本忠臣蔵』)、中本物(『翁丸物語』)も出版されました。

小説(滑稽本)

滑稽本は、庶民生活の中の大衆的な笑いを描いた中本型の小説類のこと。嚆矢は、享和2年(1802)に刊行された十返舎一九の『東海道中膝栗毛』初編で、化政期(1804‐30)を頂点とします。『膝栗毛』とともに、式亭三馬の『浮世風呂』四編(文化6年‐同10年刊)が高名です。会話体を効果的に利用して、寛政の改革以前とは異質の、新しい〈笑い〉をもたらしました。

小説(人情本)

人情本は、女性を対象に、会話を多用しつつ芝居や恋愛を描いた中本型の風俗小説のこと。嚆矢は、文政2年(1819)に刊行された十返舎一九『清談峰初花』と滝亭鯉丈『明烏後正夢』で、天保期(1830‐44)にピークを迎え、明治初期まで続きました。主要作家は、人情本の元祖を自認した為永春水、『春色梅児誉美』四編(天保3‐4年刊)はその代表作です。

小説(合巻)

合巻は、黄表紙のあとを承けて文化4年(1807)以降に刊行された草双紙の総称(やはり中本型で5丁を1巻とし、数巻をまとめて1冊とする)。伝奇色と娯楽色の濃い長編です。文政・天保期(1818‐44)にピークを迎え、明治初期まで続きました。代表作は、柳亭種彦作『偐紫田舎源氏』三十八編(文政12年‐天保13年刊)。他に、柳下亭種員ら作『白縫譚』など。

近代

小説・評論

ヨーロッパの小説の影響を受けつつ、自由民権運動をも背景に、政治を主テーマにした政治小説が明治10年代に出現しました。矢野龍渓『経国美談』・東海散士『佳人之奇遇』などに代表されます。ロシア文学に学んだ二葉亭四迷の『浮雲』は、明治20年に第一編が発表され、近代小説の最初を印した作品となりました。ヨーロッパの小説論に基づく理論として、坪内逍遥の『小説神髄』、二葉亭四迷の『小説総論』があります。