日本実業 史博物館からのメッセージ
 -渋沢栄一 と算盤・敬三と 広告-

 本展示は、日本実業史博物館という幻の博物館のコレクションからのメッセージとして、渋沢栄一 にちなむ「算盤」と敬三が収集に力を入れた「広告」をテーマに開催いたします。 
   会期: 平成21年3月2日(月)〜28日(土)
  休室日: 日曜・祝日(3/8,15,20,22)
  時間: 午前10時〜午後4時30分
  場所: 当館1F 展示室
  入場料: 無料
  主催: 国文学研究資料館                    

「論 語と 算盤は甚だ遠くして甚だ近いもの」(渋沢栄一)
 経 営学の第一人者、 「マネジメントの父」とも呼ばれるP.F.ド ラッカーは、日本資本主義の父といわれる渋沢栄一を、『論語』をより所にして「道徳と 経済」=「論 語と算盤」の一致を唱えた『倫理家』であ ると称した。損益を 計算する算盤の各地の特徴ある形 と技法を見ていただき、日本実業史博物館資料として 収集した算盤をどのよ うに展示しようとしたの か、遺されたコレクションから検証します。

広 告の発 展をたどり」「失敗史は書けぬものか」(渋沢敬三)

渋 沢敬三は、「媒体を用いて需要家に周知をせ しめて購買心を起こさせる手段」が「広告」であるとして、時代を華やかに照らす鏡としての広告 を精力的に収集している。その反面、広告の裏側を見すえ、モノづくりの「真の成功は失敗を率直にか つ科学的に究明した上で築かるべき」という視点も持ち合わせた人物であった。さまざまな意匠・形態の 広告・看板を通し、経済発展とモノづくりを見直すメッセージを感じとっていただきたい

展示内容
算盤 約30
  • 「実博」算盤の紹介
  • 渋沢栄一の「論語と算盤」
  • 算盤の特徴 日本各地の算盤
  • (大阪)、大津(滋賀)、雲州(島根)
  • 播州(兵庫)、博多(福岡)、長崎
  • 中国の算盤
広告  約100
  • 「実博」広告の紹介
  • 敬三はなぜ広告を収集したのか
  • 模型看板
  • 絵看板
  • 文字看板
  • 雛型引札
  • 暦引札
  • 店舗図引札
  • 作業図引札
  • 錦絵引札商標ラベル
  • 商品図引札
  • 目録引札
  • 宣伝口上引札
  • 紙看板
  • 広告あれこれ
「日本実業史博物館」準備室アーカイブズの紹 介
  • 実博準備室日誌
  • 各種の目録・カード

日本実業史博物館とは 
 渋沢栄一が1931(昭和6)年1111日に91歳で死去した後、遺言によって渋沢栄一邸の寄 贈を()竜門社(渋沢史料館の設立主体・渋沢記念財団竜門社の 前身)が受けた。1937(昭和12年)5月、(財)竜門社は、渋沢子爵家を継承した嫡孫の当時41歳の渋沢敬三らに、約8470坪ほどの敷地及び建物(現在の北区飛鳥山公園内)の利用の在り方を委ねた。この時敬三は、「折角お爺さ んの為に財界の人達が御考え下さっていることは大変有難いことであるが、それならばそれを敷衍(より広く)した経済史的な博物館を、渋沢家も御手伝して つくりたい」と述べたという。そして博物館計画、資料の収集・保存管理までが彼に一任され ることとなった。
 1939(昭和14)年513日、渋沢栄一生誕百年記念祭に際し、博物館建 設の地鎮祭が挙行された。
時代は戦時下・戦後の激動期であり、竣工には 至らなかった。しかしその後も「日本実業史博物館」の設立に向け、資料の収集および展示・収蔵のための施設の設置場 所の模索が続けられが、実現されることはなかった。まさに「幻の博物館」となったのである。


渋沢敬三とは 
日本銀行総裁、大蔵大臣、国際電信電話株式会 社初代社長など政財界で活躍すると同時に、柳田国男・宮本常一らと共に日本の民俗学・民族学を発展 させた人物としても有名である。また、文部省史料館、国立民族学博物館などの設立を提唱し、膨大な資料を寄贈し、そ の基礎を築いた人物でもある。