所蔵資料紹介

源氏物語団扇画帖・関屋巻(げんじものがたりうちわがじょう)

【解題】
[当館請求記号99-121]

江戸前期写 手鑑1帖。全54図。 38.7×50.6センチ

団扇(うちわ)型の源氏絵54枚が貼られた画帖である。絵の形から、「源氏物語団扇画帖」と名付けた。土佐光則〈とさみつのり〉の流れを汲む、江戸時代前期(17世紀後半)の絵と推定される。これまで全く知られていなかった、新出の源氏絵である。

本画帖には、次のような順序で、計54枚の絵が貼られている。
1東屋、2帚木、3空蝉、4夕顔、5若紫、6蜻蛉、7少女、8花宴、9葵、10賢木、11花散里、12須磨、13明石、14蛍、15蓬生、16関屋、17絵合、18末摘花、19薄雲、20朝顔、21行幸、22玉鬘、23早蕨、24御法、25夕顔、26野分、27匂宮、28手習、29篝火、30藤袴、31空蝉、32梅枝、33夢浮橋、34初音、35若菜上、36幻、37横笛、38鈴虫、39夕霧、40花宴、41紅葉賀、42帚木、43紅梅、44野分、45橋姫、46藤裏葉、47松風、48椎本、49竹河、50若菜下、51澪標、52常夏、53宿木、54若紫

すなわち、
A)54枚の絵が、『源氏物語』の巻順通りに貼られていない。B)54枚の絵のうち、帚木・空蝉・夕顔・若紫・花宴・野分巻の絵が2枚ずつ存在し、一方、桐壺・胡蝶・真木柱・柏木・総角・浮舟巻の絵が1枚も存在しない。D)詞書が、1枚も存在しない。以上の点から、次のような推定が可能となる。

もともと54枚以上(60枚?)制作された源氏絵のうち、一部(6枚?)が散佚(あるいは未制作)という状態になり、それを、後の人が、当て推量でこの手鑑に貼り込んでいった、と考えられよう。

本画帖の最大の特徴は、絵が、大きな団扇(うちわ)型になっている点である。

団扇型の源氏絵としては、これまで、石山寺蔵『源氏物語絵団扇等貼交屏風』・高津古文化会館『源氏物語絵団扇貼交屏風』(久保惣記念美術館図録『白描絵』参照)や、チェスター・ビーティー・ライブラリィ蔵『源氏物語歌絵帖』(サントリー美術館『物語絵』参照)などの存在が知られており、バークコレクションにも団扇型の源氏絵が所蔵されている由である。また、土佐派の絵画資料の中にも作例を見ることができる(徳川美術館図録『絵画でつづる源氏物語』参照)。本画帖は、それらに加え得る新たな源氏絵として注目される。

氏絵以外で団扇型になっている絵画作品としては、『十牛図』(サントリー美術館図録『物語絵』参照)、『伊勢物語絵詞巻』(『思文閣古書資料目録善本特集第3輯』参照)、岩佐又兵衛『歌仙図屏風』『団扇型風俗図』(千葉市美術館図録『岩佐又兵衛』参照)、『芸人絵尽』(国文学研究資料館貴重書 99-128)などがあり、加えて、版本においても、『元禄10年版 絵入伊勢物語』(『鉄心斎文庫所蔵伊勢物語図録第2集』参照)、鳥居清長『江戸八景』(千葉市美術館図録『鳥居清長』参照)、奥村政信『小判紅絵揃物源氏物語』(『絵画でつづる源氏物語』参照)などの例がある。団扇型の絵は、扇型(扇面)や色紙型(正方形)の絵と並べられることも多く、王朝物の絵画として中世〜近世にしばしば用いられるキャンバスだったと言えようか。

なお、団扇型の絵を「州浜型」と称する向きもある(「州浜」は歌合で用いる盤)けれども、ここでは、「扇型」に対応するものとして「うちわ型」と呼んでおきたい。なお、『重文 豊国祭礼図屏風』(徳川美術館図録『輝ける慶長時代の美術』所収)には、この形の団扇を持った人々の様子が描かれている。

本画帖に収められる絵のうち20枚近くは、場面選択や構図・配置の点で、徳川美術館蔵土佐光則筆『源氏物語画帖』および出光美術館蔵伝土佐光元筆『源氏物語画帖』ときわめて近似している。本画帖の制作に土佐光則系の画家がかかわったか、もしくは光則の粉本が用いられたことを表していると考えられる。

今回画像として掲出したのは、「関屋」巻の一図である。場所は逢坂の関屋。季節は秋。光源氏29歳。 空蝉の夫(常陸の介)が任期を終えて上京する途次、逢坂の関屋あたりで、一行は、石山寺へ参詣に出かけた光源氏と出会う。空蝉の一行は、光源氏の車を避けるためもあって、関山で車から下りてやり過ごす。光源氏が載る牛車を先導するのは、右衛門の佐(かつての小君)。画面奥にいるのが空蝉一行。画面奥には、逢坂の山々と、逢坂の関、杉、紅葉。手前には、菊・女郎花が咲いている。左上には、琵琶湖が臨まれ、帆掛け船が浮かぶ。

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